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9月30日(火) 272/365 布を愛おしむ心。

9月も遂に晦日を迎えた。
家で動き回っていると汗はかくし、相変わらず薄ら暑いというか…まだ扇風機は手放せないでいる。
夕方に出掛ける用があるが、その前に箪笥の夏物の長着と帯を出し、ポリエステルの着物は洗う為に分けて、洗い済みと夏帯をベッド下収納に移す。夫のベッド下の半分をシーズンオフ収納に使わせてもらっている。まだ着ないとは言え、袷の襦袢や羽織も、取り敢えず出す。そうでないと夏物が入らない。こうして、たとう紙を持ったり運んだりすると、着物や帯って重いものだと、つくづく思う。帯は特に、昔のものは帯芯が分厚いせいで重さが沁みる。年齢が上がると主に「重くて身体に堪える」が理由で、締めなくなる帯は確実に出てくるだろうと思われる。

今日はグレーに赤の、折紙というか短冊というか絣模様が入った紬を着ることにする。これにした理由は、昨日着た長襦袢をもう一度着ようとすると、半衿がピンクなのでそれに合う長着を選んだ結果そうなったという、若干消極的なものだ。

私の手持ちの着物は即ち母親の箪笥から拝借したものがほとんどだが、それらの多くが来歴不明で、特にこのグレーの紬単衣は謎といってもいい。そもそも紬は数が少なく、中でもこの一枚は遠目にはわからないが、結構そこかしこ、衿や脇、背中に汚れがあり、持ち帰った当初はあまりの汚れっぷりにそのまま着ることに抵抗があり、「エイヤッ」と自分で洗ってみたくらいだ。
結果、洗っても大して変わらず、経年のシミらしいことが判っただけだった。そして、下前に継ぎ当てや、はめ込みで繋いでいる箇所があるのを見つけた。

よく「着物は破れたり、穴が開いたりしたら前後を入れ替えたり、上前と下前を入れ替えて仕立て直して着続けることが出来る、サステナブルな衣服だ」と言われるが、実際にそれを実行している現物を、現代の人がどれだけ目撃しているだろうか。このグレーの紬単衣は、まさにそうして、着繋いできたものだった。

かなり以前に、母親が話していたことだが、たまたま寄ったデパートの催事会場で「リサイクル着物フェア」が開かれていて、好奇心で見に行ったらしい。団塊世代である母親は、着物というと呉服屋で反物から選んで仕立てたり、もしくは親戚から譲り受けたりするのが通常で、いわゆる古着やプレタの着物を買う、ということをしてこなかった。時代的にその事から「リサイクル着物」が市場に登場し始めた頃で、当時の母親は初めてそうした着物と遭遇したようだ。

売り場を眺めた感想は、まだ着られる着物や帯が格安の均一価格で売られていて、こうした着物の入手方法があったのか!と、ちょっと気分が上がったらしい。そのまま着るには難があっても、そこは和裁を習ってきた、かつ昔からリメイク好きの母親なら、直したり作り替えたりする材料の入手方法として、いいことを知ったと思ったらしい。

そんな話を思い出して、敢えてこの継ぎのある
着物が箪笥に入っていたのは、「継ぎ当てのやり方見本」として、リサイクル売り場で購入し手元に置こうとしたのかもしれないし、あるいは既にリメイクのアイデアが浮かんでいて待機させていたものかもしれない。

継ぎ当ても、よく見るとなかなか上手く出来ていて、この着物の初めの持ち主がいかにこの着物を気に入っていて、破れても直して着ようとした「ものを惜しむ心」、いや愛情すら感じられる。汚れもあるし、布自体かなりくたびれているので、私も着物として着るのはそろそろ限界かなという気がしている。

私だったら、この着物を何にリメイクするだろうか…手触りから思い浮かんだのは「座布団カバー」だったが、いきなりお尻に敷くものにしては可哀想か?…いずれにせよシーズン終了したら考えてみようかと思う。

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