着物と、AIと、わたし。

着物をいただく機会に恵まれた。
きれいな無地の紬。
深い光沢をたたえた髭紬。
茶の小紋に、茶の大島紬。
日常遣いの縞の薄手の袴。
黒紋付まで。
御年七十前後のご夫人から。
その旦那さまや、お父さまが遺されたものだという。
日常に着用されていた着物。
仕付け糸のついた、未着用の着物。
いずれも、サイズがピッタリ。
実に、ありがたい。
だが正直なところ、
ありがたいと同時に、途方にも暮れていた。
数が多い。
知識は浅い。
どれを、どう着るのが正解なのか。
そこで私は、
一枚ずつ写真を撮り、AIに尋ねてみた。
──あら、見事。
生地の特徴を説明したり
織られた産地を推定したり
格の位置づけを教えてくれたり。
無地の紬は希少な色。
髭紬は飛びきり上等な部類。
茶の小紋は高級とは言えないが、
いまでは再現困難な技術を用いている、と。
正しいかどうかを確かめる術はない。
けれど、妙に腹落ちした。
譲ってくださったご家庭の背景を思えば、
きっと悪い品ではないだろう、
とは感じていた。
AIの言葉が、
その感覚にお墨付きを与えてくれた。
あらためて、
「大切に着ていきます」と
重ねてお礼を伝えた。
AIは大したものだ。
面白くなって、
手持ちの着物や羽織、
帯、羽織紐、足袋まで
片っ端から画像を送った。
知りたかったのは、コーディネート。
神社参拝。
近所のお出かけ。
お墓参り。
忘年会。
TPOに応じた組み合わせ。
例えば
上等な着物を木綿の帯であえて崩す。
半襟で差し色を入れる。
ここは袴をやめる。
黒紋付を遊びに転換する工夫、等々。
これぞ、江戸町人の粋な着こなしだと
指南してくれる。
なかなか勉強になる。
その着方が本当に正しいかどうか、
確かめる術はない。
でも、実際に着てみたら
なかなか良い感じだと、納得した。
これまでは、かみさんに聞いていた。
「これ、おかしくない?」
「男の着物はよく分からないけど……
まあ、おかしくはないと思うよ」
その曖昧さが、
どこか安心でもあった。
だがAIは違う。
「これが良い」と言い切る。
あの断言は、少し危うい。
そう思いながらも、
人は言い切られると弱い。
根拠のない自信を大声で語る人の意見が
なぜか優先される場面を、
私は何度も見てきた。
AIの断言もまた、
信じ切れば危うい。
だが同時に、
不思議な心強さがある。
お墨付きをもらったような感覚。
しかし、である。
着物でも、洋服でも
初めての服で、外へ出るとき。
嬉しさと、不安が入り混じる
あの感覚。
似合っているか、派手過ぎないか。
ワクワクとソワソワが同居する、
あの青春のような感覚。
颯爽と歩きたいのに、
人目が気になって少し猫背になったり。
ましてや着物だ。
異次元の世界を纏って
街に出る緊張感。
着付け、格、季節感。
洋服より格段に
複雑な情報を背負って外界に挑む。
その不安の一部を
AIが肩代わりしてくれると、
確かに足取りは軽くなる。
でも。
それで、いいのか。
あのワクワクとソワソワを、
あっさり手放してしまっても。
青春など、とっくに通り過ぎた。
気づけば、あの頃の三倍ほどの年齢になった今。
それでも、
あのほろ苦さがまだ胸の奥に
残っているという奇跡を、
わざわざAIに
肩代わりさせてしまっていいのだろうか。
若いころは、
間違えても笑って済んだ。
いい歳になったら、
間違ってはいけないのか。
みっともないのか。
いくつになっても、
教えてもらい、
注意され、
時には叱られる。
それもまた、人生のスパイス。
年齢を重ねるほどに、
腫れ物のように扱われるよりも、
「そこのあなた、その着方おかしいよ!」
と声をかけられるほうが、
よほど青春だ。
AIに頼りきるのではなく、
自分の感性を信じて、
少し間違えながら、
着物で闊歩してみたい。
歳を重ね、似合うかもと
思って、はじめた着物生活。
そこで、出会うさまざまな刺激や学びは
結構な、アンチエイジング効果に
なるのかもしれない、
なんて、ふと思ったり。
それにしても。
黒紋付きの羽織を
日常のおしゃれ着にするのは、
なかなかの工夫と勇気が
いるもので・・。
若い女性などは、実にうまく
お洒落で、粋に、着こなしている。
さすが、若い感性には敵わない。
いや、まだまだ。
我が感性の若返りを期待しつつ
いつか、黒紋付きを
粋に着こなす日を目指したい。
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