「撮りたいと思ったらカメラを向けてシャッターを押すだけ」

写真は、撮りたいと思ったらカメラを向けてシャッターを押すだけ。
わかっています。
それが難しいのです。

わたしには邪念があります。だから、どうしてもシャッターを押す瞬間に構図なんかを気にします。うまく撮ろうとしてしまうのです。
うまく撮りたいと思うのは、あとで自己満足に浸りたいからです。いや、SNS時代の最近では「誰かに見せること」まで(知らず知らずのうちに)意識しているはずです。

娘は違います。
「うまく撮ろう」という意識から解放されています。
ファインダーはテキトーにしか覗かず、フレームの中に撮りたいものが入っていればそれで十分。もちろん、露出なんて気にしません。知らないうちにダイヤルが動いていたときにだけ、絞りや露出補正が変わります(ずっとマイナス2段補正だったりしますが、本人は気づいていません)。
これは一眼レフだからできることでもあります(わたしから奪っていったEOS 6D2を使っています)。スマホのカメラだと、仕上がりを見ながら撮るので、うまく撮ろうとしてしまうでしょう。

ある日、娘のカメラのファインダーを覗かせてもらったら、視度補正がかかりすぎていてボケボケでした。
「よくこれで写真が撮れるな」
『ファインダーなんて、よく見えないくらいがちょうどいいんだよ』

「うまく撮る意識」がゼロ
その境地にいられるのは、撮れたものに興味がないからです。実際、娘は撮った写真をほとんど見返していません(SDカードが入っていなくても、気づかないかもしれません)。
意味は「シャッターを押すこと」だけにある。

というわけで、この記事の写真は次女が撮ったものです(「寒いところで雪が見たい」と旭川に出かけていきました)。うまいかどうかではなく、わたしの写真より、わたしの目指す写真に近いのです(本人は撮影後に一度も見ていないと思われます)。

「目指す写真」とか言ってる時点でダメだな。
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「科学」と「写真」を中心にいろんなことを考えています。