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『コロナで始めたTwitter』 −「覚悟の人體セミナー」の話−

序章|価値観の崩壊と再生

― 私の中に芽生えた“声” ―

コロナ騒動が始まり、そろそろ2年が経つ。
齢52を迎えた私の人生において、これほど濃厚な時間はかつてなかったと思う。
社会が大きく揺らぐ中、私の中でも、それまで信じて疑わなかった価値観がガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。

何が本当に大切なのか――
それを、立ち止まり、静かに、じっくりと反芻することができたのは、むしろこの異常な時代のおかげだったのかもしれない。

大切なものは、とてもシンプルだった。

家族。
両親。
仲間たち。

これまでももちろん大切にしてきたつもりだった。
だが、この混乱と分断の時代の中で、私は初めて、彼らと「真正面から向き合う」という覚悟を持つようになった。

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2020年2月末。
妻の誕生日に家族でハワイを訪れた。
その時のハワイは、まだ感染症の氣配すらなかった。観光客は行き交い、店も賑わっていた。
だが、街中で私たちのようなアジア人を見つけると、現地の人が冗談まじりにこう言うのだ。

「Virus!(笑)」

指を差しながら、ニヤリと笑う。
私たちは苦笑いするしかなかったが、まだ心には随分と余裕があった。
それは「世界」が“揺れ始める前”の、ほんの数週間前の出来事だった。

帰国からわずか一ヶ月。
日本も急速に慌ただしくなっていく。
連日のニュースは「恐怖」を煽り、未知の感染症が迫ってくるかのように報じられていた。

正直なところ、当初の私はその報道を“信じて”いた。

整体院を経営する私にとって、社員とその家族、顧客の命を守る責任がある。
施術家20名を抱えていた私は、まず安全を最優先に考え、時短営業と感染症対策を指示した。

だが、このとき市場からマスクが忽然と姿を消した。

「ああ、これが日本か」

誰かが指示を出したわけでもないのに、右にならえの空氣が街を支配する。
その異様な“従順さ”に、私はゾクリと寒氣を覚えた。

それでもなお、私はまだ「世界の真相」に氣づいていなかった。



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