『環境か、才能か、それとも運か』 −プロサッカー選手になるために必要なもの−
50年前の日本、少年たちのスポーツ事情
私が小学生だった頃、日本のスポーツの主役は間違いなく野球だった。
今でこそ、サッカーは野球と並ぶ人気スポーツとなり、多くの子どもたちが当たり前のようにボールを蹴っているが、50年前の小学生の世界では、野球こそが王道だった。
1970年代から1980年代初頭にかけて、日本のプロスポーツといえば、テレビの画面にはいつも巨人戦が映り、長嶋茂雄や王貞治といったスーパースターが少年たちの憧れだった。
少年たちは贔屓のプロ野球チームの帽子を被り、町の空き地や学校の校庭では、夕暮れまで野球の試合が繰り広げられ、誰もが「ホームランを打ちたい」「エースピッチャーになりたい」と夢を見ていた。
サッカーはまだ一般的ではなく、1981年に「キャプテン翼」が登場するまでは、サッカーボールを蹴る子どもはごくわずかだった。
サッカーチームに入るよりも、近所の野球チームに入るのが自然な流れだったし、地域のスポーツ少年団の多くも野球が中心だった。
そもそもサッカーチームがないという地域も多かった。
そんな時代に、私は小学2年生で地元の野球チームに入った。
両親は共働きで、入部の手続きをする暇もなかったため、友だちのお母さんに連れられて初めて練習に参加した。
練習が終わったその日の夜、看護師だった母が、チームの監督に挨拶をするため、私を連れて近所にある大きなお寺へ向かった。
当時の監督は、そのお寺の住職だった。
立派な住職に深々と頭を下げる母を見て、なぜか申し訳ない気持ちになったのを覚えている。
「自分のために、母がここまで頭を下げる」
子どもながらに、その光景が妙に胸に残った。
50年近く経った今でも、この時の光景を鮮明に思い出すことができる。
野球を始めることは、単なる遊びではなく、大人の世界とどこかで繋がっているのだと、うっすら感じたのかもしれない。
小学4年生になったころ、監督が交代した。
理由はシンプルだった。
監督の息子が野球をやめたからだ。
彼は別の学校に通う同級生だったが、私立小学校で受験勉強が忙しくなり、野球を続けられなくなった。
そのタイミングで、住職である監督もチームを離れた。
新しい監督になったのは、これまた同級生のお父さんだった。
そして、監督交代からしばらくして、ピッチャーを決めるテストが行われた。
野球少年なら誰しもピッチャーをやりたがる。
サッカーで言えば「10番」や「エースストライカー」をやりたいのと同じ感覚だ。
私はコントロールには自信があったし、球速もまずまずだった。
テストの出来も悪くなかった。
むしろ、自分では手応えがあった。
これならピッチャーになれるかもしれない、と密かに期待していた。
だからこそ、数日後に新しいピッチャーが発表されたとき、驚いた。
なぜか、新監督の息子がピッチャーに選ばれていた。
正直、自分が選ばれなくても、もう一人の実力ある同級生が選ばれるなら納得できた。
でも、実力的にそこまで突出していなかった監督の息子が選ばれたと知ったとき、何とも言えない気持ちになった。
「親はどんな時代でも我が子を贔屓する」
そんな当たり前の現実を、子どもながらに肌で感じた瞬間だった。
とはいえ、当時は今のように「移籍」や「親が子どもの習い事に介入する」ことは珍しかった。
モチベーションは下がったが、それを理由に野球を辞めることはなかった。悔しさを抱えながらも、淡々と野球を続けた。
ただ、その経験が、自分がプロ野球選手を目指すという選択肢を無意識に遠ざけたのは確かだった。
「実力だけではどうにもならないことがある」
「どれだけ頑張っても、選ばれるのは別の誰かかもしれない」
そんな考えが、幼いながらに自分の中に根付いたのかもしれない。
そして、結局、私の近所や同世代からプロ野球選手になった子は一人もいなかった。
プロになるために必要なこと
昨日、今日と、来月小学4年生になる長男と、サッカーの向き合い方についてじっくり話をした。
「お前は本気でプロになりたいのか?」
私がそう問いかけると、息子は迷いなく「なる」と即答した。
だが、その言葉がどれほどの覚悟を伴っているのか——私にはわからなかった。
子どもの人生だからこそ、親としては期待してしまう。
しかし、期待以上に大切なのは、「本気の意志」が本人の内側から生まれているかどうか。
勝者のメンタリティとは何なのか。
さっき投稿した、ラグビー少年の話を息子に伝えると、彼の目が少し変わった。
勝者のメンタリティ。
— 續池均(kintsuzuike)@MTR Method Lab®︎ (@kintsuzuike) March 18, 2025
日本の伝統的なメンタリティには、沈黙による意思表示や共感が根付いている。
これは、空気を読む文化や、「察する」ことを美徳とする価値観から来ている。… pic.twitter.com/MCh4no1HBb
「周りを鼓舞するには自分自身に嘘をつかない。」
「自分の可能性に大いに期待してワクワクする。」
「アタッカーだからこそ、ディフェンスがすべての始まりと心得る。」
「苦しい時にチームのために一番頑張れる選手。」
「チームが決めてほしいと"願う"時に、必ず決め切る選手。」
息子は黙って聞いていた。
そして、その日のトレーニング。
いつもは技術を意識したシュートが多い彼が、その日は違った。
珍しく、テクニックではなく魂を込めた弾丸シュートを叩き込んでいた。
「おっ……!」
思わず声が出た。
正味2時間のトレーニング。
久しぶりに見た、真っ赤なほっぺた。
"一時もサボらずに頑張ってプレーした選手の証"
少しずつ、だが確実に変わろうとしている。
ほんの一歩だけ、虎に近づいたかな。
「環境をいくら整えても、結局は本人のやる気次第」
「才能がどれだけ備わっていても、実を結ぶかは本人の運次第」
「親ができることなど、たかが知れている」
私は、大人になって100名を超えるプロサッカー選手と関わる仕事をしてきた。
その中で確信したことがある。
それは、「プロになる選手は、最初からプロになるような運命を持っていた」のではない。
むしろ、彼らの多くは 「自分でプロになる運命をねじ伏せた」 人間たちだった。
「プロサッカー選手になってやるという執着心と、諦めの悪さ」
これが、彼らに共通していた。
ただし、すべての国が同じ価値観を持っているわけではない。
例えばスペインでは、「プロはなるものではなく、選ばれるもの」だと考えられている。
日本のように執着する文化ではなく、育成年代である程度先が見えるので、前向きに別の道を探ることが自然と受け入れられているという。
どちらが正しいというわけではない。
ただ、プロの道が閉ざされたとき、それを「敗北」として捉えるのか、「新しい挑戦の始まり」として捉えるのか——それによって、人生の展開は大きく変わる。
プロになれるかどうかは、ただの結果に過ぎない。
重要なのは、その過程で何を学び、どんな人間になれるかだ。
私の過去は変えられない。
だが、息子の未来は、彼自身の手で変えることができる。
それができるかどうか。
それを見届けるのが、今の私の役目なのかもしれない。
息子よ、がんばれ。
そして、サッカーを思う存分に楽しめよ。
