②昭和ふうの物語を書いてみる。懐かしい声の記憶を呼び覚まそう【童話】
秋の音楽祭
今夜はとくに虫の音がさわがしい。
塾帰りのユウキが、公園を早足で通り抜けようとしたとき、男の声がした。
「そこの坊っちゃん、待ってください」
ユウキは足をとめて、あたりを見まわした。けれども、だれの姿もなかった。
ユウキの家は、公園を抜けるとすぐそこだ。けれども、八時を過ぎている。ユウキは小学二年生。さすがに、足がブルブルふるえて止まらなくなった。
「えーっと、ユウキ君、こんばんは」
間違いない! ぼくに話しかけてる。
「だ、だれ?」
ユウキは、声をしぼりだした。
「今日はお願いがあって、待っていたのです」
「いったいだれなの? どこにいるのさ」
「あ、そうですよね。見えませんよね。ユウキ君の足もとにいるのですが」
「えっ! 足もとだって」
ユウキは、いそいで下をむいた。
「わたしは小さいので、気づいてもらえるよう、一生けんめい、飛び跳ねています」
よーく見てみると、豆粒のようなものがしきりに跳ねている。
「まさか、コオロギってことはないよな……」
「そうです、そうです。三日前に助けてもらったコオロギです。その節はどうも。傷のほうは大丈夫ですか?」
えっと、えっと、あっ! 思いだした。公園で、いきなり飛んできたコオロギをよけて、転んだんだった。
「傷? ああ、すり傷だよ。大したことない」
「それは、よかったです。わたしが飛びだしたせいで……」
「ん? うそっ! コオロギがしゃべってる」
「今からこの公園で、虫の音楽祭がはじまります。わたしが司会を頼まれまして。司会者は、審査員の人間とだけ会話できるのです」
コオロギは得意げに足で胸をたたいた。
「ひょっとして、ぼくが審査員なの?」
「はい、おっしゃるとおりです。さっ、ベンチに座って、座って」
「でも、早く帰らないと」
「それほど時間はかかりません。大丈夫ですよ。さあ、さあ」
コオロギが何度も体当たりしてくる。
ユウキは、しょうがなさそうにベンチに座った。
虫たちがいちだんと大きい声で鳴きだした。
「えーっ、お静かに。これより音楽祭をはじめます。準備はいいですね。最初はスズムシチーム。では、よろしくお願いします」
リーン リーン リーン……
どうやら、本当に音楽祭がはじまったようだ。スズムシの鳴く声だけがあたりに響く。
ユウキには一番、なじみのある虫だ。
「相変わらず、いい音色だなあ」
「スズムシを知っているのですね」
「毎年、家で飼ってたんだ」
「そうですか。虫たちの世話をしてくれたのですね、うれしいかぎりです」
「…………」
スズムシのこと、すっかり忘れてた。
去年も今年もスズムシの飼育をしていない。それに、昔から庭にいたスズムシの姿も、近ごろ見かけなくなってしまった。
「さあ、次はマツムシチーム。どうぞ」
チンチロ チンチロ チンチロ……
「それにしても、きれいな声だ」
「はい。わたしもライバルながらこの透き通る声、心ひかれるものがあります」
コオロギはうなずきながらきいている。
「マツムシチームが終わったみたいだよ」
「あっ、すみません。思わず、うっとりしてしまいました。さて、次は……、そうでした。連絡役チーム、お願いします」
「連絡役チームだって?」
「はい。オケラチームは公園の外にいるので、連絡役を仲間のコオロギたちに頼みました。もうしばらく待っていてくださいね」
「そうなんだ。ところで、ずっと気になってたんだけど、ぼくの名前、なんで知ってるの」
コオロギはユウキの膝に飛んでくると、膝の上のカバンによじ登った。
「ほら、ここに書いてありますよ」
「なるほどねー」
ユウキはふうーっと息をはいた。カバンに大きな字で、『ユウキ』と名前が書いてある。「先生が名前は表に書かない方がいい」って言っていたのに、「無くすとこまるから」と無理やりお母さんが書いたのだった。
突然、地面の下から低い音がした。
ジーーー ジーーー ジーーー……
「お待たせしました。はじまったようです。近くの田んぼからおとどけします」
ユウキは、ふふっと思いだし笑いをした。いつだったかオケラの鳴く声をお母さんが、「絶対にモグラの鳴き声よ」と言いはったからだ。
「ふーん、オケラなんだ。遠くからでも響くね」
コオロギは大きく首をたてにふった。それから、次の虫の紹介をした。
「お待たせしました。キリギリスチーム。どうぞ」
いつまでたっても、あたりは静かだ。
「ねえ、ぼくだけかな。何もきこえないや」
「いえいえ、わたしにもきこえません。変ですね。ちょっと見てきます」
コオロギはあわてて跳ねて行った。
コオロギとすれ違って現われたのは、同じ塾に通っている同級生のトオルだ。トオルは頭が良くて、体は大きいし、力も強い。ユウキとはまったく正反対で、苦手なタイプだ。
「おっ、ユウキ、ずいぶん前に帰ったのに、こんなところで何してるんだ」「い、いやべつに何も。虫の声っていいなあ、と思ってきいてたんだ」
トオルは納得がいかない様子で、ユウキの顔をのぞきこんでくる。
「なんか悩みがあるならきくぞ。それとも好きな子のこと考えてたとか」
チン チン チン……
「あはは……、そんなわけない」
「横に座ってもいいか?」
そう言って、トオルがベンチに腰をおろした。
スイーッチョン スイーッチョン スイーッチョン……
「すきっ腹にこたえる、じつにいい声だ」
「なんだよ、それ」
「今度、腹いっぱいのときにいっしょにきこうぜ。腹ペコすぎて何も頭にはいらないや。じゃあな、ユウキ、早く帰れよ」
「うん。気をつけてな」
トオルはカバンを背負い、片手をあげると、かけていった。
トオルは、実はすごくしゃべりやすいヤツなのかもしれないと、ユウキは思った。
ガチャ ガチャ ガチャ……
「ユウキ、ユウキ、ユウキ……」
コオロギがユウキの膝の上でさけんだ。
「なんだよ」
「ふう、やっとわたしの言葉が通じたのですね。キリギリスチームは昼間に練習しすぎて疲れがでたようで、不参加になりました」
「そうなのか、残念だなあ」
「今、鳴いているクツワムシチームの次は、わたしの番なので、そろそろ行きますね」
「じゃあ、次はコオロギチームだね」
「そのとおりです。ついに、わたしたちのチームで最後です。ユウキ君、今日はありがとうございました。短い時間でしたが楽しかったです」
音楽祭がもうすぐ終わる。そう思うと、ちょっぴりさみしい気がした。
「ぼくのほうこそ、すてきな音楽をありがとう。握手しよう」
ユウキがコウロギの前に手をのばすと、コオロギは前足をユウキの指にのせた。
「では、行きますね。わたしたちが終わりしだい、審査をお願いします。一番よかったチームの名前を言ってくださいね」
「うん、わかったよ。がんばって」
コオロギが元気よく跳ねていくうしろ姿を、ユウキはじっと見おくった。
コロコロ コロコロ リーリー……
夜、庭からきこえてきた虫の音だ。そうだよ、あれはコオロギだ。
昨日は学校と塾の宿題でパニックだった。虫の鳴く声が気になって、「うるさい!」と怒鳴りつけ、窓をぴしゃりと閉めてしまった。
ユウキは、ぽかんとしてうつむいた。
しばらくして、ユウキは足音が近づいてくるのに気がついた。顔をあげると、そこにはお母さんが立っていた。
「トオル君に会ったわ。虫の声をきいてるんだってね。さっきの声はコオロギかしら……」
お母さんがベンチに座りながら、言った。
「そう、コオロギだよ」
あたりがしーんと静まりかえった。次の瞬間、虫たちの大歓声がわき起こった。
しまった!
ユウキはあわてた。
でも、どうせ一番なんか決められっこない、だからこれでいいんだ。
優勝おめでとうコオロギくん。
「うわー、迫力あるわ。ききごたえあるわね」
「う、う、うん。そうだね」
あたりがパッと明るくなった。
「ユウキ、見て。月が明るくてきれいよ」
ユウキは、ふっと上を見た。
「うわあっ、ほんとだ。とってもきれいだ」
ユウキとお母さんは、月にうさぎはいるのか、とか、あの虫はなにかの音や誰かの声に似ている、とか、どうでもいいような話をしながら、しばらくの間、月を眺めながら虫の声に耳をかたむけていた。
「さあ、ユウキ、帰ろうか」
「うん。あっ、迎えにきてくれてありがとう」
ユウキがそう言うと、お母さんは、ユウキの頭をくしゃくしゃっとなでて、立ちあがった。
そして、ユウキは、さっきコオロギが跳ねていったほうへ目をやった。
今夜は虫の音で、家の庭もにぎやかだろう。

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