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私の世界

〜生きづらさから、今の私へ〜

こんばんは、きなぴです。

以前書いた記事で、子供の頃は友達関係がうまくいかなかったと書きましたが、
私の世界は、子どもの頃から少しだけ周りとズレていました。

友達関係がうまくいかず、悩みやもやもやを抱えることも多かったけれど、
人と関わること自体は嫌いではありませんでした。
ただ、怖さや不安も同時にあって、その気持ちはずっと整理できずにいました。

今でこそ、その理由がわかります──おそらく私はHSPだったのです。
HSS型HSEかHSEだと思いますが、子育て中にそれを知りました。

だからそれまでずっと、

「どうしてこんなに悩みがちなんだろう」
「でもそう見られないようにしてしまうのはなぜ?」
「人の目が気になりすぎるのは普通?」
「どうして苦手なものが多いんだろう?」

と、自分のことが自分でもよくわかりませんでした。

みんなと同じようにできなかった。
誰かが怒られていると、自分まで胸が痛くなり、
人を嘲笑する人たちの存在に怯え、
女の子たちの悪口が羅列された手紙が回ってくるたび、心はぎゅっと締めつけられた。

それでも、ただ「みんなと仲良くしたい」という気持ちだけは消えなかった。
それが、何よりも辛く、苦しいことだった。

子どもの頃の私は、世界がずっと怖い場所でした。

HSPを知るきっかけの話は、また今度。

■ 小学生の私

私は、繊細で、他人との境界線が薄い子どもでした。

「人はなんのために生きるんだろう」
なんて、ぼんやり考えているような小学生。
早く大人になって、自由になりたいとも思っていました。

ある日、クラスメイトが複数の子たちにいじられていました。
その子の“笑っているようで泣いている表情”に気づいた私は、心が苦しくなり思わず止めに入りました。

「ただ遊んでるだけじゃん」と言う子たち。
でも、空気を見れば遊びじゃないとわかるはずでした。

その日から私は「めんどくさい奴」扱い。
その前から学級委員長もしていたので、気に触っていたのかもしれません。

だけど、いじられていた子がそっと

「かばってくれて、ありがとう」

と言ってくれて、
“私の感覚は間違ってなかったんだ” とホッとしました。

■ 中学生の私

そして中学生。

同じ塾で頑張っていた友達が先に推薦で合格しました。
私は嬉しくて涙が出たけれど、

「え、そんな泣くほど?」

と言われ、
またズレてるんだな、と感じました。

私は今でも、心が大きく揺れた瞬間に、涙が溢れ出てしまいます。

■ 高校生の私

高校は、学力による環境の変化や親友の存在もあって、少し穏やかに過ごせていました。

ですが、高一の時に病気になりました。
その日から、私は周りの“健康で未来のある友人たち”と、
さらに大きく距離が開いたように感じました。

当時はお先真っ暗で、夜も眠れず、
「どう生きていけばいいのか」と考え続ける日々。

そんな中でも、
毎日のようにお見舞いに来てくれた母、
千羽鶴を持って来てくれた部活の仲間、
相田みつをさんの本をくれた顧問の先生、
そして病院のスタッフさんたちの優しさに救われました。

医療費のことは考えたこともなかったけれど、
名前も知らない誰かが私の治療を支えてくれている――
社会の中には、こんな優しさもあるのだと知ったのもこの頃です。

誰かに支えられ、助けられた経験があるからこそ、今度は私が同じように誰かの人生の一瞬に優しさを届けられたら――

それが、私の生きる意味のひとつだと感じました。

■ 社会に出た私

社会人になると、学生時代とは関わる人が一気に変わりました。
責任を果たし、お金を稼ぐ──誰もが同じ目的を持って働く世界。

その中では、私の“ズレ”はそこまで目立ちませんでした。
仕事さえきちんとやっていれば浮くことはないし、
むしろ頑張っていれば、少しずつ認めてくれる人が増えていきました。
働く事で、社会に少しでも恩返し出来てる自分に価値を感じるようにもなりました。

同僚から
「きなぴは、頼めば嫌な顔せずにやってくれるけど、
 “なぜやるのか”を説明して納得しないと動かないから、ちょっと面倒なんだよな」
と笑われたとき、
その言葉が嬉しかった。
面倒と言いつつも、私の“本質を知りたい”という性質を、否定せずに受け取ってくれる人がいるんだ──
そう感じたからです。

ただ、初対面の人と話した日の帰り道になると、いつもの癖が始まる。

「変なこと言ってなかったかな」
「嫌われてないといいな」

ひとりで反省会を開いてしまう。
その話をすると、友人たちは、

「気にしたことないよ」
「そんなのすぐ忘れるって」

と、あっさり笑うだけ。

その無邪気さに驚きながら、
“みんなはどんな心の動きで生きているんだろう?”
そして、触れるのが怖かった人の心の奥──
どうしてその人がそう考え、そう振る舞うのか──
人を知ることで、自分を理解したい。
その“人の本質”に興味を持ち始めたのが、ちょうどこの頃でした。

■ そんな過去を思い出させるLINE

なぜ今こんな話をしているかというと、ふいにLINEが来たからです。

「久しぶり。部活のみんなで飲もうって話になって…きなぴもどう?」

送ってきたのは、中学時代、特別仲が良かったわけでもない子。
むしろ、少し距離を感じる相手。

別の同窓会で軽く話す程度の間柄。
なのに今さら?

一度目のお誘いは旅行で断り、
それでもまた写真付きで、

「年始にもう一度やるんだけど、どう?」

と来た。

最初は、“行きたいか、行きたくないか”というより、“行っても大丈夫かな”くらいの気持ちだった。
でも、写真を見た瞬間、
──この子とこの子の間には絶対座りたくない。
中学時代の記憶が一気に蘇りました。

■ 行きたい?行きたくない?

正直、行ったら嫌な気持ちになりそうです。

10年前の同級生の集まりでも、
中学の頃と変わらない“傲慢さ”や“見下し”を向けられて、
すごく嫌な思いをしたから。
その時もそれを親友に話したら、すごく怒ってくれたなぁ。
「失礼すぎる、きなぴをそんな風に言うの許せない!」
救われた思い出です。

またあの感覚を味わうのは避けたい。
時間がもったいない気もする。

でも、

・40代になったあの子たちはどうなっているのか
・どういうつもりで誘ったのかを知りたい
・嫌な記憶が上書きされる可能性
・写真の中に、当時仲良くできた子がいる

好奇心や懐かしい思いがあります。

読んでくれている皆さんは、
「そんなん行かなきゃええやろ」と思う方の方が多いかと思います。

でも私は悩んでしまう。
それは、私がHSPでありながらHSEでもあるという“揺れ”が、ここでも顔を出すからです。

人付き合いが怖いのに、どこかで人との繋がりを求めてしまう。
傷つくのが怖いのに、誰かと笑い合えるかもしれない希望を、完全には捨てきれない。

行きたくない理由ははっきりあるのに、
「それでも、もし行けたら…」という小さな期待が、どうしてもゼロにならない。

この“相反する気持ち”こそが、私の生きづらさであり、
そして同時に“私の世界”をつくっている特徴なんだと思います。

でも、もし行ってみて「あ、無理」と思ったら、
静かに帰ればいいのかもしれない。

空気を読んで、嫌な気持ちを抱えたまま愛想笑いしていた頃とは違う。

世間とのズレは、私にずっと孤独感を与えてきました。
でも今は、世界が広がって、周りにそれを受け入れてくれる人たちが出来た。
話してもわかってもらえる、笑ってもらえる、そう感じられるだけで心が軽くなる人たちです。

今なら、ちゃんと自分を守れます。
私を軽んじられることは、大切な人たちの思いにも関わるからです。

生きている世界線が違う──無理して合わせる必要はもうないよね?

息子や彼氏や友人たちが悲しむと思うから、私は自分が心から笑っていられるように生きたい。

私はもう、あの頃の私じゃない。
ちゃんと“私のいる世界”が見えるようになったのだから。




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