白髪を染めない理由も、染める理由も、見つからない
若さを保とうとすることが、当たり前のような空気がある
それが前提になっている感じがする
50歳も半ばになると、若々しく見せることに引っかかりを感じてくる
娘と並んで歩くと、若さの違いがはっきりとわかる
軽さのようなものが自分にはなくなっている
もたついている、もっさりしている
娘の髪を見て、昔の自分を思う
わたしも毛量の多さに悩んでいたのに、今はそれが懐かしい
背比べをしようと、2人並んで鏡の前に立ったとき、わたしの方が少し背が高かったくせに、娘のほうがすらっとして見えた
わたしは首が短く見えた
年を重ねると縮んでいくというリアルを見た感じ
受け入れたくない姿になっていた
できるなら昔の自分に戻りたいと思ってしまった
全体的に変化が進んでいた、自分で思っている以上に
当たり前だけど、若いときは若さに助けられていたんだな
今は嫌というほど理解している
若さはいいものだと思う
自然にそこにあるものだったときの若さ
若い頃はそれが当たり前すぎて、そのときは気づかないものなんだと思う
あの頃の無意識な若さと、今の若くいたい気持ちは別物
だからそこにこだわり過ぎると、ちぐはぐになる気もする
年齢を受け入れると言うと、諦めた人に見えるかもしれない
でも、どう見られるかより、どうあるかを軸にしたいと思うようになった
わたしはもう、若々しく見せることに振り回されたくない
今、この年齢の自分から逃げたくない
白髪は、ある日突然気になり出すものではなく、気づかないふりができる程度で少しずつ増えていった
そしてだんだんと、見なかったことにはできなくなっていく
1本、2本のときは、まだまだ大丈夫と思っていた
ある日、右の生え際にある白髪が一気に目に入ってきたときは落ち込んだ
増えてる、確実に
数えてみたら、13本くらい、まとまって生えていた
その現実を受け入れられないから、すぐに何かをしようとは考えなかったのだと思う
染め始めたら、その先もずっと付き合っていくことになる
美容室にいる時間も長くなる
お金もかかる
髪や地肌へのダメージも気になる
そこまでして若く見えるようにするべきか、と考えてしまう
若く見えたいのか、身だしなみとして染めて整えたいと思っているのか
その違いが自分の中でうまく分けられないまま、グズグズしている
わたしは白髪の出方がまだらだった
表面よりも中の方に出ていた
だから今まで染めようとしなかった
目立つところは抜いたりして誤魔化してきた
まだらなのをいいことにここまで先延ばしにしてきた
でも、どこかでいつかは、白髪と向き合わなければいけない時期が来る
それが今なのかと思う
白髪はもう表面にも出てきている
人の視線が気になることもある
そのたびに、そろそろかも…と思いかけては、また戻る
決めきれないまま、染めるか染めないかを行ったり来たりしている
きれいな髪色をした同世代の人を見たとき、いいなぁと思う
染めた色が抜けてきている状態の同世代にも目が留まる
そうしているうちに、白いものを見ることへの抵抗は少しずつ薄れていった
日常的風景になってきたような感じ
でも、もう見えないことにしようとは思えなくなっている
どの段階まできたら染める?
それともそのままでいる?
「染めなければならない」
そうしなければいけないようなものに抗いたい、本当は
抗ってオリジナルのわたしでありたい
昔は、白髪は染めるものだった
今はグレイヘアという選択肢もある
だから余計に迷う
染めないままでいると、どこか手を抜いているように見られる気がする
その空気に耐えられるか
迷いは残っている
白髪を染めないでいることが難しい仕事の人もいると思う
その点、わたしは自由
肌や髪、体型も、努力だけではどうにもならないところが増えてきた
元に戻そうとしていくよりも、健康でいることのほうに目が向くようになった
50歳を過ぎてからは、地肌ケアも気にするようになっている
朝晩ヘアトニックをつけ、美容師さんにはシャンプーはちゃんと選んだほうがいいと教えてもらった
白髪を増やしたくないから始めたこともある
地肌を柔らかくし、白髪にいい黒ごまのお茶を飲み、夜更かしをやめた
自分の髪や体を雑にはしたくないから
若く見せることにはもう距離を置きたい
「若く見えますね」と言われなくたっていい
でも清潔感は保ちたい
疲れて見えるのも嫌
その辺がイマイチ自分の中でうまく整理できないままでいる
古びたものは美しいとする、わび・さびの感性がある日本
なのに、自分の変化にはそれを許せない
変化を劣化のように見てしまう
その見方からまだ抜け出せない
グレイヘアの人を見て、「お似合いだな」と憧れるときもあれば、「染めたほうが似合うのに」と思うこともある
はたして自分はどちらなのかわからない
誰かに「染めたほうが似合うよ」と言われたら、あっさり染めてしまうかもしれない
どう見られるかより、どうあるかを軸にしたいと思っているのに、他人の言葉でまた迷いそう
わたしは迷っている羊みたいだ
こうして書いてみたら、思っていたよりずっと若さに執着していたんだなってわかった
染める理由も、染めない理由も、どちらも決められないまま
いつになったら自分のことがわかるんだろう
