"自分を許す"という誕生日プレゼント
今年の誕生日、私は夫に宣言した。
「今日は、誕生日なので夜ご飯は作りません」
夫は、「おっけー!何食べようかな!」と言った。
今までの私には、これができなかった。
夫の反応を見ても分かるように、
私が夕飯を作らない選択をしても、責める人はいない。
なのに私は、
「ちゃんと作らないと」
「仕事が休みの日なのにサボってはダメ」
と、自分で自分を許してあげられなかった。
でも、今年はやってみた。
宣言すると、
肩の荷が少し降りたような感覚があった。
なんだか一日が楽しみになって、ほんの少しだけど幸福度が上がるような。
そんな感覚がした。
何かを手放すと楽になる。
ヨガでもよく言われることだ。
でも、無理に手放すものではないとも思う。
果実が熟す前に無理に取ると、
枝ごと折れてしまうことがある。
でも、十分に熟した果実は自然と木から離れていく。
きっと、「手放す」というのもそういうものなのだと思う。
その時が来たら、自然と手放せる。
私にとっては、それが今だったんだろう。
もっと早く手放せていたら、もっと楽だったのかな。
そんなふうにも思わなかった。
人の性格は、そうでないと今までの人生を生きてこられなかった結果だ
という言葉を聞いたことがある。
私もきっとそうなんだろう。
今までの経験の中で、そうした方が上手く回るから、自然と“頑張る方”を選んできた。
でも最近、少し手放してもいいのかもしれないと思えるようになった。
年齢を重ねた方が人生が楽しい、と言う人は多い。
私も概ねそう思っていたけれど、
正直「若いうちは綺麗だし、体力もあるし、自由もきくし」という気持ちもあった。
でも今年、またひとつ歳を重ねて思う。
若い頃の私より、今の私の方が自分を知っている。
前より少し、生きるのが上手くなっている。
自分の機嫌を取る方法も、前より知っている。
もしかしたら、人生の充実度というのは
年齢とともに少しずつ上がっていくものなのかもしれない。
今まで、プレゼントやケーキで「誕生日」を感じて満たされていたけれど、
今年は、自分で自分を許してあげる。
その選択をすることで、物では得られなかった満足感や充足感を感じることができた気がする。
元気に、健康に、誕生日を迎えられたことに感謝したい。
とはいえ、
次の休みは家族でケーキを囲んでパーティをしてもらう。これはかかせない(笑)
