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One Dropに関するあれこれ


すべてはOne Dropから

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この曲のタイトルOne Dropとは、ウェイラーズのドラマー、カールトン・カーリー・バレット(Carlton Carly Barrett)のワン&オンリーな演奏によって世界中に知られるようになったルーツレゲエを代表するリズムのことです。

4分の4拍子(1小節内に4分音符が4つ)のカウント1とカウント2でハイハットを叩きます。

標準的ドラムキット

そしてカウント3でバスドラムのキックとスネアドラムのリムショットが入ります。

これによって、カウント3でリズムがストンと落ちるような独特のタメがあるバックビートが生み出されます。

心臓の鼓動のようにゆっくりと波打つナチュラル・グルーヴ、それがOne Dropです。

音で確認したい方はこちらのドラムトラック↓を。

SteppersとRockers

まずOne Dropが編み出され、そこからさらにふたつの有名なレゲエリズムSteppersRockersが生まれています。

Steppersは、4つのカウント全てにキックが入るパターンです。

確認用ドラムトラックはこちら↓。

RockersはOne Dropを基にスライ&ロビー(Sly & Robbie)が創り出したと言われているカウント1にキック、カウント3にスネアが入るリズムです。

Carlton Barrett and Sly Dunbar

確認用ドラムトラックはこちら↓。

 以上の三つがルーツレゲエで用いられている代表的なリズムです。

ちなみにOne Dropを作ったのはジャマイカ人ドラマー、ウインストン・グレナン(Winston Grennan)だと言われています。

Wailersの生命線

Carlton Barrett at work

このリズムをカリブ海の小さな島から世界中に広めたのがCarltonです。実の兄アストン・ファミリーマン・バレット(Aston Family Man Barrett、以下Family Man)と共にCarltonは録音スタジオやライヴ演奏の場でボブの音楽にその命の源と言えるしなやかで強靭なリズムを提供し続けました。

1950年Kingston生まれの彼はスカタライツ(Skatalites)のドラマーLloyd Knibbに憧れ、街角に捨てられていたペンキ缶でこしらえたドラムキットを叩くところから音楽人生をスタートしています。

ベースを弾く兄Family Manとタグを組んですぐに頭角を現し、シンガーMax Romeoを擁したThe Hippie Boysというバンドでキングストンのスタジオ界隈でよく知られた存在となります。

そこから鬼才Lee Perryのレコーディング・スタジオBlack Ark専属バンドThe Upsetters経由でコーラストリオだったボブ、Peter ToshBunny Wailerに合流、5人でバンドとして活動するようになり、Island Recordsより世界デビュー、PeterとBunny脱退後は最古参メンバーとしてFamily Manと共に1980年9月のボブのラストコンサートまで音楽活動を共にしました。

個人的意見ですが、CarltonとFamily Manが演奏するリズムがボブの才能とカリスマと出会ったおかげでレゲエという新しい音楽に比類なきパワーが宿り、世界中に広がっていったんだと思います。

Carltonの公式ウエブサイト運営者でレゲエ・ドラマーのデービッド・マクダビット(David McDavitt)はこう言っています。

「ボブ・マーリーと同じさ。カーリー・バレットみたいなレゲエ・ミュージシャンはほかには存在しない」

「レゲエのドラミングは、カーリーに始まってカーリーに終わる。彼の素晴らしさを真似るには何年もひたすらそれだけに専念する必要があるんだ」

Carlton weaving the groove

残念ながらボブ同様、CarltonもFamily Manもすでに天上の人です。

Carltonは1987年にキングストンの自宅前で襲撃され撃ち殺されました。まだ36歳でした。

悲しい事実ですが、愛人と共謀した妻が雇ったガンマンによる殺人事件でした。

残された4歳上の兄Family Manは今年2月にフロリダ州マイアミで心不全によって亡くなっています。こちらは77歳でした。

絶大な影響力

バレット兄弟は数多くの後続ミュージシャンたちに大きな影響を与えたレゲエという音楽を語る上で欠かせない偉大なパイオニアです。

ウエイラーズのメンバーとしてふたりが欧米に紹介した魔法のようなリズムの虜になり、数えきれないぐらい多くのミュージシャンが1970年代以降レゲエを自分たちの音楽に取り入れています。

少しだけ例を挙げておきます。

アフリカとの赤い糸

リズムとしてのレゲエ(ルーツレゲエ)についてもう少しだけ。

バレット兄弟がリズムを紹介したというのは欧米での事です。アフリカでは事情が違います。

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訳者<ないまいる>はかつてコンゴ人ミュージシャンからこう言われたことがあります。

「あれ(ルーツレゲエ)は間違いなくアフリカのリズムだよ。アフリカに行ってみたら分かる。どの部族にも同じリズムがあるんだ」

手元にあるニューミュージックマガジン1979年6月号に掲載されたインタビューでCarlton本人もこう言っています。

「ラスタが集まってドラムやアコースティックギターを持って音楽をやったらレゲエと似たスタイルになる。肥えた耳を持っていないとナイヤビンギ・サウンドの中にレゲエの要素があるのは分からないと思うけどね(中略。)ナイヤビンギはルーツであって、アフリカの音楽だ。レゲエのサウンドもそこから来ている」

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ラスタの音楽ナイヤビンギ(Nyabinghi)についてはこちら↓をお読みください。

ウエイラーズのレコードを聴いたアフリカ人たちがOne Dropを「自分たちのもの」と感じ、すぐに演奏し始めたのはすごく自然なことだったんだろうなと思います。

アフリカン・レゲエというのは共通の根っこから「必然的」に生まれた音楽です。

最後にWailers childrenと呼ぶにふさわしいアフリカン・レゲエのビッグネームを3人紹介してこのコラムを締めたいと思います。

Alpha Blondy

Lucky Dube

Tiken Jah Fakoly

以上、今回のあれこれは3つの基本リズム、天才ドラマーCarlton Barrett、1970年代に欧米で大ブームとなった新しいリズムとしてのレゲエ、ウエイラーズを聴いたアフリカ人たちが再発見した自分たちのリズムについてでした。それじゃまた~ 

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