見出し画像

そら

東側の窓辺においた爪研ぎ用の丸いベッドはそらに買った最後のプレゼントだ。ガラス瓶の中に入ったそらは、お気に入りだったふわふわの枕カバーに包まれブランケットの上にいる
その前に立てたデジタルフォトフレームのコンセントをさすのが朝一番の私の決まりごとだ
おはよう、そら。と声をかけ家族お揃いのガラスコップのお水を換えて供える
デジタルフォトフレームは16年間家族で撮り溜めた可愛いそらの表情や仕草を、一日中流し続けてくれている
滅多に鳴かないボイスレスキャットの
ロシアンブルーの女の子そらが、動物病院の検査帰りにパウチ一袋じゃ足りない!もう一食分食べる!と訴えている動画はとても貴重なそらの声で、今はランダムで流れてくるそのシーンがお線香に火をつけるタイミングになっている

冬にしては暖かかった、あの2月28日に我が家に来た3ヶ月の可愛い子猫のそらから16歳と15日、私の膝の上で眠りについた日までの大切な日々の記録だ
このフォトフレームを買ってきた次男には申し訳なかったが最初は飾るのに抵抗があった。始終前から離れなくなりそうで、泣いてしまうのも辛いと思ったのだ
だが、断ることもできず2人で昔の携帯電話も持ち出して子猫からのそらの成長をフォトフレームに移しこんだ。可愛い懐かしいそらのとびきり可愛い画像を見ているうちに、これ以上の枚数が増えないことが悲しくて、病気を患ってからの
痛々しいそらも、どれも愛しい愛しいそらだと。あるもの全部取り込んだ。動画のおかげで、鳴き声も繰り返し聞くことができる。何気ない瞬間にそらがご飯を食べている時の首輪の飾りが陶器に触れる音まで聞こえて、まるで今そこで、いつものキッチンにそらがいるようで、胸の奥がギュッとなるのだが、1年半経った今はこのフォトフレームの中で動いて鳴いて成長していくそらにとても癒されている
小さな白い陶器の中のそらを抱えて帰ってきてすぐ、昨日まで使っていたそらの毛布やら食器、小さなベッドの上のもの以外全て処分した。置いておくと捨てどきがわからなくなると思った。そらのいないクッションを見るのも辛かった。そらのいない生活に変えようと決心していた。キッチンカウンターの側には必ず背もたれのあるソファで、ジャンプ力の落ちたそらが昇り降りしやすいようにしていた。システムトイレも撤去して、ソファと観葉植物の場所を変えた。
そらのお気に入りの歴代の首輪も厳選して可愛い木製のメモリアルポットにつけて後は処分した
3面のベランダにはそらの転落防止用に、夫の力作の鳩網がついていた。日々、夫が点検して心配になったベースを付け替えて、そらを守っていた。最後に交換している時、その作業をそらも一緒に見守っていて、出来たよ。との夫の声に、まるで「ありがと」とでも言うように頭を擦り付けていた。
マンションの大規模修繕もあり、鳩網もそらのお気に入りだったベランダもシートを剥がされ新しいものになった
いま目に入る景色は、フォトフレームの中のそらがいるシーンとは違ってきている
部屋の中は、観葉植物が増えた
猫には危ないといわれている、ポトスやパキラ、モンステラも飾られている
そらが、何かの不満がある時の表明にしていた齧られ用のサンスベリアは、その傷を残したまま大きく背を伸ばしてくれている
そして、静かだ。自動給水器の音もしない。

我が家の男3人は猫アレルギーだ。
なので、そらのシャンプーと毎日の掃除は必須だった
掃除を終えるとおやつの時間にしていた
ちゃんと覚えて最後の洗面所の掃除にかかると足元で待つようになった
終わったよーと声をかけると先にキッチンで待っている。おやつを食べた後給水器を洗い水を交換し、お水綺麗になったよーと声をかけると、水を飲みにくる。その後足を伸ばして座った私の太ももの上で、おしりを向けて香箱座りでひとときを過ごす。私との日常だった。
そらのいない今は私1人のコーヒータイムになった

お気に入りのビーズクッションの上で浅い眠りのそらの横で『虹の橋』を泣きながら読んだ。先を見据えたときに、夫にお願いしたのはペット葬儀のことだった。
個別の火葬で骨は全部持って帰らせてくれるところ。夫には申し訳ないが、どうしても辛くて探せないので見つけておいて欲しいと頼んだ
少しでも食べて、少しでも生きて欲しいという願望と、痛々しい表情になっていくそらの左の頬や口元を見て、ウェットを絞ってスープにして30分かけて私の人差し指で舐めさせている行為は私のエゴかと思い悩んだ
出血とともに抜ける歯もとてもダメージが大きい
希望した痛み止めのテープを往診の先生と薬剤師の次男とでしっかり話し合って処方してもらい、食欲が上向いた日々もあった
それでも、痛さがあって食べられない。心配していた数日があり、やっとウェットとささみを食べた日、
自宅への帰り道、歩いているだろう次男にご飯を食べたことをLINEした
泣きそうや
うん、母さんも泣いてる
可愛いそらを連れて帰ると決めた日
ガッツポーズをとる長男と嬉しそうにジャンプした次男を思い出した

左目頭にピンクの隆起を見つけたときは
またひとつ覚悟をしなければいけなかった。半年前には無理ではないかと諦めていた16歳の誕生日を家族揃って迎えることができ、主役のそらは高級アイスクリームを舐めた。皆で喜んだ1日だったが、そこからは駆け足のようだった

口腔内から増殖してきた癌細胞は、日を追うごとに大きくなっていった。先生から、この部位からの出血は相当の痛みがあることを聞いていた

12月7日の朝、布団の横のビーズクッションの上のそらに「おはよう」と声をかけて気づいた。目頭の大きくなってきたピン
ク色に針で刺した様な赤い色があった
どれくらいの時間かわからない、無言でそらをただ撫でていた
ひとしきり泣いた後、夫に声をかけた
長男と次男にも連絡をし、先生に今日の処置をお願いした
20時ごろに伺います。とのことだった

安楽死は往診の先生に最初から考えていることを伝えていた
半年前、病気がわかった時にも病院でその話がされていた
覚悟はしていた。痛い思いはさせたくない。半年間、とてもとてもがんばってくれたそらに、これ以上の痛みはさせたくなかった。

夫は休み、息子たちはそれぞれ仕事を終えてそらに会いにきた。
長男のお嫁さんと小学校2年生の孫も一緒だ。皆それぞれ、そらに声をかけ
優しく撫でてくれた

20時までのそらとの時間
夫がそらを抱いて家の中を巡った
ルームツアーだと言いながら。
クローゼット、お風呂やトイレ、ベランダも。
何て声をかけながらかは聞いていない
それは、夫とそらとの絆の時間だ
いつも潜り込んでいた押し入れにも
まわっていた

早い日暮れで外はもう真っ暗になっている。最後のご飯は、夫と息子たちと私の指をペロペロと舐めてお気に入りのスープを食べた

いっぱい声をかけて、いっぱい撫でて
あまり抱っこは好きではないそらにお願いして、抱っこさせてもらった

時間どうりにいらしてくれた先生と、最期は思っていた通りに迎えられた
私の伸ばした足の上で、お尻を向けたそら。みんなに声をかけられながら、少しずつ眠りについていく
私の足の上で、そらから力が抜けていくのがわかった。


ビーズクッションにペットシートを敷き大好きなフワフワの枕カバーにそらを横たえた
そらの顔を診た先生が一言、
「頭痛もあったかもですね。
でも、1週間前だと早くて、1週間後だと遅かったと思います。今日だったと思います。」と。
そらに手を合わせて、頭を撫でてくださった。最期までそらと私たち家族に丁寧に穏やかに寄り添ってくれた

泣いて泣いてどうしようもなく悲しかったけれど、長男は明日も仕事だ。
きちんと夫が手配をしてくれた火葬には夫と次男と3人で行く

それぞれの家に帰ったころ長男からLINEがきた。目に入ったのは長文だった。
咄嗟に、読めない!と思った
今は無理。今読んだらまた泣いてしまうと。
少し間をおいて、ようやく布団に入り
LINEをひらいた

おかん、おとん、ゆう。
そらちゃんの介護いっぱいありがとう。
3人が一生懸命診てくれたから、そらはこの1年頑張れたと思う。
たまにしかそらの様子見に行ってなかったから、ずーっと看病してくれた3人にはめっちゃ感謝してます。

ほんで、そらが16年間も長生き出来たのは、おかんが常にそら1番でおってくれたから15年間大きな病気もケガも無く、皆んな幸せ一杯で過ごせてこれました。これは紛れもなくおかんがずーっとそらの側におってくれたからやで。
ほんまにほんまにありがとう。

皆んなそらと同じ80歳までは絶対に生きて、そらが生きたかったその先の分まで元気で健康に過ごしていこーな!

明日は皆んな気をつけて、いつまでも泣いてたらそらも悲しむから明日は皆んな笑顔でバイバイしてきてな。

おやすみなさい😴


泣きながら返信する

胸がいっぱいです
みんなもう今日は泣かずにゆっくり寝てね。

そら。という可愛い名前をつけてくれた長男。ありがとうね。

夏からずっとつけたままだったエアコンを久しぶりに消した。
今夜は冷たくしておかなければいけない。
布団の中から手を伸ばし、横で眠るそらを撫でた。クタクタに力が抜けたそらは、あっという間に冷たくなっていった
夜の冷たい空気と冷たいそらの足。
痛かった方の左側をとても久しぶりに下にして寝かせた

右の横顔は可愛らしいままのそらだ
痛くないね。ゆっくり寝てね

葬儀場での待合室で大きな賢いワンちゃんがいた。眺めていると、飼い主の方が
触っても大丈夫ですよと、声をかけてくれた。いつもなら撫でさせてもらうのだが、この日は無理だった。
愛しい愛しいそらの灰色の毛の感触をまだ残しておきたかった。

この半年、極力外出を控え秋からは日常の買い物すら夫と息子に頼みそらに付き添ってこれた
あまりにも家にいる私を心配して、長男はランチなどに声をかけてくれたが、どうしてもそらの側を離れることはできなかった。今はそらの側にいることが母さんの幸せだから。そう言って納得してもらった。ところが、そらが居なくなっても外出することへの不安感と帰宅を急ぐ癖はなかなかおさまらなかった。
早く家に帰らなきゃ、そらが待ってる。
違う、そらはもういない。胃の辺りがぎゅっとされる喪失感。
そらがいない。

そらのお骨をメモリアルポットに移し替えるときにとても可愛い綺麗なお骨を見つけた。漫画で書く骨の形そのままのとても小さな骨。マイクロチップを入れていないそらには首輪に名前と電話番号を入れられる筒のチャームをつけてあった。
秋以降は重いと可哀想かなと思って外していたそのチャームにすっぽりと収まった。被れる長さのネックレスにつけてみた。外出する時のお守りの完成だ。
出かける前にデジタルフォトフレームのコンセントを抜く。「そら!行くよー!」と声をかけてネックレスを首にかける。一緒に外出するのだ。そらといつも一緒に。待たせている罪悪感が無くなってようやく安心できるようになった。
帰宅すればコンセントを差し、ネックレスをふわふわのベッドに置く。私とそらの新しいルーティンができた。

例えばテーブルの上の輪ゴム、開けっぱなしのベランダの窓、こぼしてしまったコーヒーの粉や、もらったカーネーションや百合の花。そらにとっては危険なものはたくさんあった。今思うとなんて不便だったのかと思うことがある。けれどもその不便な中の工夫に、そらを守るための幸せがあったと思う。その生活はとても誇らしいものだった。

夢で可愛いそらをみた
ベランダでうずくまって一声鳴いた
同時に目が覚めた
夢だとわかっている。でもどうにも気になって起きて部屋の窓を少し開けてみたベランダから戻ってくる可愛いそらを出迎えるように
いつもの20センチくらい足元をスルリと戻ってきたかな
なんとなく照れくさくて行きたくもないトイレに行って私も布団に戻った

足元からそーっとそーっと遠慮がちに上ってきて夫との間で布団をふみふみする
いつものそらの気配
どこからが夢だろう。
私の願望だな。

毎日掃除してるのにフローリングの拭き掃除をしていた時に半透明の可愛い爪を見つけた
どこで爪研ぎしてたの??
愛しくて愛しくて涙がでる
9ヶ月目の朝
宝物を見つけたように嬉しくて、抜けた歯を入れている小箱に収めた

お風呂上がりの何気ない瞬間に不意に押し入れからガタガタと音がした
お昼寝していた可愛いそらが起きてくる音
ビックリして押し入れを見る
キッチンにいた夫には聞こえなかったけど、私には聞こえた耳馴染みのある音。
そらちゃんが押し入れから出てくる音がした。途中からもう涙声になってしまった。夫がそらちゃんおったんやろと笑いながら言う
肩に掛けていたタオルで堪えきれなかった嗚咽をおさえた
秋分の日の夜

そらのいない11月22日
17歳のお誕生日
朝、お水とお線香と大好きなささみを供えた。あっという間の一年だ。

夫が夢を見たそうだ
網戸を閉めようとした時にベランダにそらがいたらしい
そら!おいで!と声をかけるとゆっくり歩いてきて鼻先で伸ばした指先にちょこんとキスをした
いつものすこし濡れた鼻先の感覚まであったと。
布団の中で話してくれた
良いなあ、そらちゃん可愛いなあ
私もそらちゃん会いたいとふざけながら言ってたのに途中から泣いてしまった
会いたいなあそら
抱っこしたいよ

そらが最期まで使っていた
フワフワの枕カバーとシャギーの毛布
窓辺でお骨になったそらを包んでくれているけど、悩んだ末に洗濯してみた
洗って干して取り込んで
腕にかけた瞬間、嗅ぎ慣れたそらの匂い
病気になってからの独特の匂い
洗濯しても残ってた
愛しい愛しい少し悲しい辛かった匂い

1年以上たって何回か洗濯して薄らいできたけど、もしかしたらもう消えてしまっているのかも知れないけど
私の鼻は覚えてる
洗剤とお日様の匂いと一緒にまだそらの匂いを思い出せる

洗濯するのをやめようかと思ったりもしたけど、そらは洗濯したばかりのフワフワが大好きだったから
そらと私のために洗うのだ

流れてくる可愛いそらの写真を見るたびおでこにキスしたときの感触
薄い耳を親指と人差し指で挟んで撫でた感触
手のひらで横顔から身体を撫でた感触
全部再現できる
何一つ忘れてない
薄い耳やひんやりした鼻先、お腹のタプタプや肉球やしっぽの毛並み、まだまだありありと感じることができる
両手で挟み込んだ可愛いそらの顔の小ささ、抱っこ嫌いのそらをお願いして抱き抱えたときに肩口にスリスリして私が甘えさせてもらったこと

雷が嫌いだった
ゴロゴロした重低音に気づくと
ううううと、低い唸り声をだしながら
へっぴり腰で押し入れに駆け込んでいく
隠れた押し入れに手を伸ばして、耳の間の小さな頭を撫でると気持ち良さそうに顎を上げてくる

私の手がそらを覚えているように、そらもまだ私の手を覚えていてくれているだろうか。

そらは首輪が大好きだった
新しい首輪を買ってきて、電話番号をペンで書こうとしていると鈴の音に反応してテーブルの上に乗ってきて待っている
つけている首輪を外して、新しい首輪の長さを調整しお気に入りの水色のアクセサリーを付け替えている間おすましポーズでじっとまっている
出来たよ。と声をかけ新しい首輪をつけると意気揚々とテーブルを降りて行くお利口さんでおしゃれな可愛いそらだった

虹の端のたもと
駆け寄ってきてくれなくていい
私が行くから
いつものようにお気に入りの場所で寝そべって待ってて
いつものように私が駆け寄るから
「ただいま」
「帰ってきたよ」って

ひんやりして少し硬いお鼻に
いっぱいキスするね

「お待たせ」
「いい子に待っててくれてありがとね」
そして、私が持って行く新しい首輪をかけてあげるね

だから着替えないで待ってて
そらの綺麗なグレーの毛皮
綺麗なエメラルドグリーンの瞳、
光の加減で16歳になってもたまに、
水色に見えるクリクリした目
着替えて私を探しにこないでいい
そこで待っててね

だけど、だけどもし、
最近よく目にするタイムリープの話し
選べるなら間違いなくあの2月28日の朝だ。お財布に現金をたくさん入れて
可愛いそらを迎えに行く
そしてまた私の右手のひらで小さいおしりと尻尾を受け取り厚手の黒いカーディガンで可愛いそらを抱きとめるのだ

これは そらへの ラブレターだ
そして そらから 私への 
ラブレターだ

かあさんの 大事な大事なそら
大好きよ

#創作大賞2026 #エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!