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【下着姿のおじさんは国境を越えて女性を癒す?】

『チャンシルさんには福が多いね』(2020:韓国/監督:キム・チョヒ)

『チャンシルさんには福が多いね』は、自分が担当していた映画監督の突然の死によって、仕事も夢も失った中年女性プロデューサー・チャンシルが、人生の再出発を模索する物語です。失職、孤独、加齢、恋の迷い――それらをシニカルではなく、温かいまなざしで描いたコメディ映画です。

チャンシルは古い家に下宿し、家主の老婦人やフランス語教師の青年と出会いながら、少しずつ“生き直し”の感情を取り戻していきます。そんな彼女のもとに現れる「レスリー・チャン(キム・ヨンミン演じる幽霊)」の存在も印象的です。

この奇妙な幽霊は、チャンシルの“過去への執着”を象徴する存在なのだと思いますが、なぜか下着姿で現れます。孤独な女性を慰める下着姿の“イマジナリーおじさん”といえば、ひとつ前の記事で感想を書いた、のんさん主演の邦画『私をくいとめて』を思い出します。

この作品でも、主人公・みつ子のもとに水着姿の“イマジナリーおじさん”Aが現れます。どちらの作品でも、孤独な女性のそばには下着(もしくは水着)姿の“おじさん”が現れ、彼女たちを励まします。

なぜ彼らは下着姿なのか――それは、父性的な権威を脱ぎ捨て、女性が安心して心を預けられる“無害な他者”の象徴だからではないでしょうか。

威厳をもたない父、上から目線で説教しないおじさん。
それが、現代の女性にとってもっとも安全で、理想的な“助言者”のかたちなのかもしれません。キム・チョヒ監督自身が、長年ホン・サンス監督の助監督を務めてきたことを考えると、この作品は“映画をつくる女性”の自画像としても読むことができます。

かつては映画という男性中心の共同体の中で生きてきた彼女が、その場所を失ったあと、どう自分の言葉を取り戻していくのか。その過程で、空想のおじさん=レスリー・チャンは、かつての映画への愛や、失われた夢の記憶をやさしく包み込む存在として描かれているのです。

この映画には、印象的な言葉がいくつもあります。「おばさん達はいろんなことをのりこえて来たから、あんな風に笑える」この台詞には、年齢を重ねた女性たちへの静かな敬意が込められています。
 
また、家主の老婦人が語る「人も花のように、また元気になれたらいいでしょう」という言葉は、チャンシル自身の回復の物語そのものです。

そして、恋の場面で語られる「全てを求めなければ、良い関係でいられたのに」「寂しいばかりだと、愛と勘違いしてしまう」という一言。それは、“孤独と他者との境界線”を生きる現代人すべてに向けられた、小さな真実として胸に刺さります。

この映画は、過去の痛みを赦し、「本当に自分が何をしたいのか」を静かに、やさしく問いかけてきます。仕事を頑張りすぎて自分を見失っている人、そして「もう遅い」と思いながらも何かを始めたい人に、そっと寄り添ってくれる、小さな祝福のような作品だと、私には思えました。


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