スプラトゥーンに感謝。『スプラトゥーン レイダース』 プレイ日記
先週の土日は、家族3人で『スプラトゥーン レイダース』漬けの2日間だった。
我が家には、私用と妻用のSwitch 2が2台あり、ソフトも2本購入しているので、2人協力プレイができる。
それを小学生の娘と3人で交代しながら、2日間で合計15時間ほど遊んだ。
完全に時間泥棒である。
妻も娘も、マップの端から端まで探索して隠れたアイテムを探し、高難易度ステージに挑む前には経験値を稼ぎ、武装を強化するためにステージを周回する「じっくり攻略」タイプだ。
だから同じステージを何度も、
「こんなところにアイテムが!」
「いや、俺を置いてけぼりにするなって!」
「リーダーのところへ飛んだら、いきなり修羅場やん!」
「あれ? いつの間に死んでるww」
などと、わちゃわちゃ騒ぎながら遊んでいた。
楽しい。
自分が子どもの頃、テレビゲームは、
「やりすぎると目が悪くなる」
「勉強しなくなる」
「現実までゲーム感覚で捉えるようになる」
「子どもは外で元気に遊ぶものだ」
などと言われ、まるで子どもをダメにする害悪のように扱われていた。
けれど、自分が親になり、子どもと一緒にテレビゲームを遊ぶようになって思う。
節度を持って付き合えば、これほど優れた家族のコミュニケーションツールも、なかなかない。
娘がまだ小学生だからということもあるのだろう。
少なくとも娘は、両親が本気で夢中になっているものに自然と関心を持ってくれる。
そしてテレビゲームは、大人と子どもの体力差や知識差に左右されにくく、子どもが親と同じ目線に立って競い、協力できる数少ない遊びの一つでもある。
昔なら、それは虫捕りやキャッチボール、釣りや、お菓子作りだったのかもしれない。
思えば、娘に初めて親しい友達ができたきっかけも、『スプラトゥーン3』の大会出場だった。
「ゲームは子どもを現実から遠ざける」と言われることもあるけれど、少なくとも我が家では逆だった。
スプラトゥーンは娘と友達をつなぎ、親子3人が同じ目線で笑い合える時間をつくってくれている。
かく言う私の両親は、家で自営業を営んでおり、学校が休みの日も忙しく働いていた。
そのため、子どもの頃に両親と一緒に遊んだ記憶は、ほとんどない。
だから今、自分が娘と同じ遊びに夢中になり、笑ったり、助けられたり、置いていかれたりしながら時間を過ごせていることに、しみじみと幸せを感じる。
自分が子どもの頃に体験できなかった時間を、取り戻しているのかもしれない。
いつか娘が大きくなり、家族3人でこうして遊ぶことがなくなっても。
同じステージを何度も周回しながら、
「置いていくなって!」
と騒いで、3人で笑っていたこの瞬間を、私はきっと一生忘れないと思う。
スプラトゥーンに感謝。

