パイナップル畑で
気持ちが落ちている時ほど、わたしは、明るい曲を聴きたくなる。例えばダンス・ポップバンドのAQUAのヒットアルバム『愛しのバービー・ガール』。タイのサムイ島で日本語教師をしていた時の生徒との思い出の曲だ。そんなにシリアスに考えることはないよ、と元生徒に励まされているような気持ちになるからだ。
当時、タイ語・英語の外にも言葉を操る、頭の回転の速い、明るい彼は、クラスのムードメーカー役をかって出てくれていて、わたしも感謝していた。
彼は、ゲイもしかするとバイだったかもしれない。ドイツ人の恋人が迎えにくるのを長い間待っていた。サムイ島の大きなホテルで、ボーイとして働いていた。貧しい北のイサーン出身で、幼い頃から家族はバラバラだときいた。
日本のASEANセンターから頼まれていたサムイ島での集中講義が、終わった最終日、彼とバイクで島を一周した。前日のクラスでの送別会に彼だけ仕事で参加出来なかったからだ。
バイクで周りながら、彼は、いろいろと教えてくれた。
「これが、カカオの木。これがバナナの木。そしてこれがココナッツの木……」
子どものように、二人で呪文を唱えるように大きな声で木の名前を繰り返し、そしてケラケラと笑った。お昼は、赤いプラスチックのお皿にのった地元でとれた魚とパラパラのご飯を二人で少しだけ。スプーンとフォークで海辺で食べた。そして繁華街へバイクにのって再び繰り出した時には、夕方になっていた。
「もし、恋人が、迎えに来なかったら?」
と、そっと聞いてみたら、
「タイをでるよ」
と、静かに潔くいった。
そして、彼は、AQUAのヒット曲『愛しのバービーガール』を街の雑踏の中でおどけて口ずさんのだ。
「I am a Barbie girl…♪」
泣きたい気持ちになる。わたしは、どうしたらいいのかわからなくなり、本心ではない言葉を……。
「……I want to go home.」
フッ……、という一瞬の笑いの後、歌が止んだ。
彼とさよならする時に一枚の絵をもらった。それは、とても悲しくて寂しくて暗いタッチの口の歪んだ女性の水彩画だった。彼の心の中の闇を垣間見たような気がする。
サムイ島をでる時、それをぎゅうーっとトランクの奥につめこんだ。
彼とは、それっきりになったけれど、写真は捨てられなかった。微光あふれるパイナップル畑の光の中で、彼ととった一枚の写真の中で、今でも彼は、笑っている。
