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私はnoteのおかげで、泥沼からの脱出している


7月になり、何かまた自分の中に立ち上がれる気持ちの微かな音がしていると感じている私です。

noteに色々な思いを書かせて頂いたおかげかも知れません。

この1年間、本当に立ち上がることが出来ず、もがいていました。
泥沼を感じ、苦しくて、ずっと、これからの人生をどうしよう。
私はどうしたら良いのだろう。
まるで哲学者になったかの様に悩みました。

たぶん、私のことを知る人は、嘘嘘、そんなことない、ない。と、かつての明るい自分を見ている人です。誰も気付きません。

そう、そう、
私、一度、本物の泥沼に車の片側がハマったことがあるのです。
車輪を回せば回すほど、溝は深く、車は沈み深みに落ちていく。本当に沈んでいく状態でした。
その時は大雨の遅い時間、通り抜けが出来ない場所で、必死になってカバンの中の携帯を手に取ろうとして、探している自分でした。
「どこ?携帯どこ?」
出かけるまでの少しの間に充電しようとして、そのまま忘れて来たことに気付きました。
車が沈んでいく、焦りと緊張で心臓の音が大きく聞こえてきたのを覚えています。

偶然、息子の同級生の父親の方が曲がる道を間違えたと、通りかかり、気づいて助けて下さいました。
男性の方でした。
レスキュー隊が来てくれた気持ちでした。
しかも落ち着いて、
「ニュートラルにして、ハンドルを思い切り切っておいて」と言うと、ずぶ濡れになり、ドロドロになりながら、ぐいと押し出してくれたのです。

いつもは車を普通に停車出来る普通の草の生えた空き地です。
ところが、連日の大雨、そこは以前は田んぼだったらしく、沈み始めたのです。

人生を思い返すと、似たようなことがありそうです。

いつもは日が当たり、鳥の鳴き声が響き、緑が美しく、風が心地良い場所です。
高速道路の建設予定をきっかけに、田んぼを整地したそうです。

そんな環境の変化、連日の大雨、
人生にも例えることが出来そうです。
この様に大きな変化や状況が重る時は、
人生には、何度か訪れると思うのです。
私は結構長い人生を歩んできたと感じている今日このごろですが、
この様なことは、何度もありました。

子どものころから、少しつらい時は、
自分にはバイオリズム、いずれ上がってくる。
と言い聞かせてきました。

悪いことは続かない。次第に良くなると。
でも、今回の心の低迷は長く深く感じました。
苦し過ぎて、顔まで泥沼に沈んだかもしれません。

会社で働いていると、自主的に仕事を見つけこなしていくと、必ずせき止めてくる人が現れてきます。
まるでゲームみたいですね。

仕事を創造し、自ら進んでいるの時は、良い具合に没頭し、アイデアも浮かび、楽しいと思うのです。
エネルギー満タン、
どんどん進んで闘って、ゴール目指して進んでいく。

ところが、エネルギーが少ないと、勝てたはずの敵にもすぐにやられてしまう。
なかなかエネルギーが貯めれない状況。

そんな時は、救いの学びを探して、手探りに蜘蛛の糸を探している様な状態です。
しかし、蜘蛛の糸はすぐに切れてしまいます。
そして、教えが自分の回復にならないことが良くあります。

薬が合うとか合わないとか効くとか効かない。
に似ている気がします。

例えば、
「悪いことは言っては良くない、角度を変えれば学び。」
「他人を変えようとしても変わらない。自分を変えろ。」
などとの教えは武士の時代を超えた美しい日本に生まれたからこその教えだと言えるのでしょう。
教えが悪いのではないのです。
また、
「あなたは何者かを明確にする。」
これも、エネルギーがある人へのメッセージなのです。

万人にとっての万能薬では無いのですね。

やっとのことで、
人に、つらい気持ちを口に出して打ち明けるのです。
救いをもとめて聞いてもらうのです。

でも、聞いてくれる相手は自分の話したことの何割、もしかしたら数パーセントしか、自分の気持ちは伝わっていません。
理解の仕方、感じ方も違います。
しっかり聞いてくれたかも知れないし、
聞いていないかも知れない。
違う想像をしたかも知れない。
その人を通した解釈をしているのです。

聞いて下さった方は、真剣に考えてくださり、アドバイスしてくれることもあります。

ステージによっては、アドバイスが逆効果であったり、方向性がまるで違うと感じると嫌になったりすることもあります。
自分のことを考えて下さったにも関わらず、二度と相談しないと感じることもあるかも知れません。

相手が悪いのではなく、見えている景色が違うのです。
どんなに良い相手でも、自分とは別の人ですから。

話しの重みを感じていても、
平気で相談したことを話題にして話してしまったり、ネタにして他人と楽しむ人に出会い、
ショックを受けることもあるかもしれません。

自分の気持ちと、他人との関わりの中で難しく感じることはたくさんありました。

これら、相談してはならないと言っているわけではなく、
行動は正しいのです。
つらい出来事は、この、noteでも、紙のノートでも、人にでも、自分の中から一旦取り出すと良いです。
人に話した時は、自分の思いがすべて伝わっているとは思わない方が良いです。


やっと、心のどん底から遠くに光を感じます。

悪いことばかりでなく、優しさや温かさ、愛に目を向けて見て下さい。
どんな時も、あなたを優しく包んでくれていることがあるはずです。

人だけではありません。
温かい日の光かも知れないし、爽やかな風かも知れないし、それを感じることが出来たら、
もう、あなたは泥沼を這い上がるサインに気付けたのです。
自信を持って大丈夫と体を撫で下ろしてあげてください。


良き思い出も大切にし始めた今日、
私はやっとステップを上がれたのかも知れません。
本当に職場で辛くなってからちょうど一年になります。
職場では、優しさや楽しいこともたくさんありました。

私はnoteに書かせて頂いて、中にはそんな吐き出しを読んでくれる人がいたことに感謝しています。
確実に泥沼から脱出しています。
いつか、助けてもらったあの日の様に。
そんな、ありがたさを感じています。

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