無知は特だった話~母は最強の情報遮断装置 ~
数年前、父が救急搬送された。
原因は、数ヶ月前にした大動脈瘤の手術 人工血管の繋ぎ目からの出血。血圧は急降下し、医師は深刻な表情で言った。
「お父様はショック状態です。」
その言葉を聞いて、私は全身が凍りついた。
命に関わる緊急事態——ついに、そんな日が来てしまったのかと。
ところが、その横で母が言った。
「お父さん、よっぽどショックだったんだねぇ。」
……いや、そういう“ショック”じゃない。
「ショック状態」とは医学用語で、臓器に血液が回らなくなる危険な状態のことだ。けれど母の中では、「ショック=驚きすぎて気が動転」くらいの意味だったらしい。
本人は真面目に心配していたのだろうが、ズレてる。そのズレっぷりがなんだかツボに入ってしまって、深刻だった空気がふっと軽くなった。
そのとき私は思った。
無知って、時にすごく特(トク)かもしれない。
父はその後も術後の合併症に悩まされ、何度も入退院を繰り返した。
私は、症状を調べまくる日々。医師の説明をメモし、家では即検索。薬の副作用から余命のデータまで、気づけばネット医療オタクみたいになっていた。
一方、母はというと。
「うーん、難しいことは先生に任せとけばいいのよ〜」
と、相変わらず検索ゼロ、思考もゼロ。
気がつけばドラマを見て笑っている。
最初はその楽天さにイラッとした。
でも次第に、それが母なりの防衛本能なのかもしれないと思うようになった。
深く知れば、深く沈む。
けれど、知らないことで、気持ちが落ち着いていられるなら——それはもう、立派な生存戦略だ。
そして、一年後。
父は静かに旅立った。
私は、知識をいっぱい詰め込んだおかげで、ある程度の覚悟を持って見送ることができた。
でも母はというと、いまだにこう言う。
「よくわかんないけどねぇ、なんか体が全体的に弱ってたのよねぇ。」
雑ぅぅぅ!!!
死因がふんわりしてる!でも、なんか母っぽい。
何がどう悪くなって、何が命取りだったかなんて、説明したところで彼女の辞書には載っていない。
でも、それでいいのかもしれない。
母は、目の前で起きていることだけを見ていた。
・食べられたら元気。
・歩いてたら大丈夫。
・熱なければOK。
小学生の健康観かよ、と思うけれど、シンプルでブレない。
だからこそ、生活のペースを崩さず、私がどんなに焦っていても、母は「はい、まずご飯よ」と言って台所に立っていた。
父が亡くなったあと、私は心がしぼんでしまったけれど、母は変わらなかった。
「やっぱり朝は味噌汁よねぇ」と言いながら、当たり前のようにいつもの日常を作っていた。
そんな母の背中を見て、私は思った。
情報を入れないことが、強さになることもある。
心を守るには、無知って最強かもしれない。
母は、無意識のうちにそれをやっていた。
もはや「最強の情報遮断装置」と呼ぶしかない。
これから先、私も少しは見習ってもいいのかもしれない。
検索をやめて、まずは一杯の味噌汁でも飲んでみようかな。
