戦地の同士から子供へと伝えられた言葉 デンジャラス
2025年の終わり。
今年のこと、少し振り返ってみようと思います。
年のはじめ、私はとある国際的なステージにいました。
視覚障害者として、そこに立っていた。
隣にはウクライナから来た方がいて、英語で話をしていました。
実は私、以前ウクライナに行ったことがあるんです。
だから、あの国がニュースの中だけの話じゃないって、肌で知っていた。
あのとき関わった人たちは、今どうしてるんだろう。
なんて思い返しながら、同じ空気を吸って、肩を並べて話す時間でした。
国の状況を聞いたとき、彼は少し間をおいて、静かに「Very dangerous.」とだけ言いました。
それ以上は何も言わなかった。
でも、その一言で十分伝わってきました。
あのときの声のトーン、短い沈黙の重さ。
今でもはっきり覚えています。
横では、息子が少し離れたところでその会話を聞いていました。
ネイティブ同士の英語のやり取りに、入り切れないけど、離れることもできない。
半歩外側から世界をのぞき込んでいるような、そんな印象的な場面でした。
ここに立つまで、息子と5年かけてきました。
整った環境なんてどこにもない中で、二人で息を合わせて、小さな目標をひとつずつ超えてきた。
最初は泣き虫だった息子が、いつの間にか私の手を引いてくれるようになっていた。
あの5年間の記憶は、今も胸の奥で温かく灯っています。
日常に戻ると、見えない状態でパソコンとAIに向き合う日々。
自宅で机に向かう時間の多くは、音声PCとAIを相手に「このツール、どこまで目や手の代わりになるんだろう?」って確かめる作業に使ってきました。
YouTubeでは 「見えない映像クリエイター」 としての活動も続けています。
AIを使った映像づくりの話は、別の記事に書いてあるので、よかったら読んでみてください。
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音とテキストだけで作る映像クリエイター
https://note.com/kind_fish6099/n/n77aa0bc2f387
秋からはnoteも本格的に始めました。
11月から書き始めて、5000文字超えの記事がもう4本以上。
直近では「ネットワークのアップロード速度」について、4日かけて4本の連載を出しました。
学校や家庭での学びのリアルにも絡めながら書いたんですが、特にGIGAスクールの話には「届いてるな」って感じる反応がありました。
そこで気づいたのは、 「教育」に関心を持ってくれる人が思った以上に多い ってこと。
Webだけじゃなく、リアルでもそれを感じました。
今年、ある自治体と保護者、学校が連携して世代間交流のイベントを企画したんです。
平日なのに、約100人の大人が子どものために集まった。
最近は自治体やPTAの崩壊なんて話も聞くけど、本気でやればこれくらいできるんだなって。
私も保護者として、地域の視覚障害者として参加して、リアルで人と関わるっていいなと改めて感じました。
同時に、Webでも発信を続けています。
noteやYouTubeで、教育や福祉、デジタルの話を言葉にしてきました。
こうした発信の背景には、医療機関で働いていた経験もあります。
病気と向き合う患者さんの様子、病室の静けさの中での小さな会話、寄り添おうとするスタッフの姿。
何度も近くで見てきた。
その空気感を、教育やデジタル、福祉の話とどうつなげていけるか。
来年以降、少しずつ触れていきたいテーマです。
できるかはまだ分からないけど、頭の片隅でずっとくすぶってる火がある。
反応はエネルギー
スキのひとつひとつ、フォローの通知、何気ないコメント。
それが「もう少しだけ前に進んでみよう」って思わせてくれるエネルギーになってます。
別に過剰に求めてるわけじゃない。
でも、「届いてる」ってサインがあるから、体がきつくても時間がなくても「もう少し続けてみよう」って思える。
それは確かです。
ここまで読んでくれたあなたにとって、この文章がどんな意味を持つかは分かりません。
でも、もし
「何か新しいことをやってみたいけど、勇気が出ない」
「時間や体力を理由に、挑戦を後回しにしてる」
そんな気持ちが少しでもあるなら、来年のどこかで 「0.1歩」 だけ動いてみてほしい。
国際的なステージに立つことも、AIで映像を作ることも、noteで発信することも。
小さな積み重ねでしかないんだと私は思います。
来年、あなたの中の0.1歩が、少しだけ現実に近づきますように。
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