「お父さんは目が見えない。でも」私が子どもたちの周りに置いた物語
これは何十年か先の物語です。
少子高齢化が進んだ日本の夜、「見えない祖父」が孫と言葉を交わします。
私の経験をAIと一緒にユーモアを込めて描きました。未来の話ですが、そこにある気持ちは、きっと今と同じです。
🎙️ ある夜、孫が録りたかった話
「おじいちゃん。今日はちゃんと話、録らせてね」
ソファに腰を下ろすと、古い座椅子が小さくきしんだ。
窓の外は静かだ。子どもの声はほとんど聞こえない。
この町だけじゃない。日本全体で、子どもの数はずいぶん少なくなった。
「録るって、また卒論かい」
「うん。
"見えない映像表現の歴史と、その中心にいた一人の人間について"っていうタイトル」
「だいぶ人を限定してきたね」
「もちろん、おじいちゃんのことだよ」
私は笑った。
声だけで、孫の少し照れた顔が浮かぶ。
🛡️ 国境を越えた日々と、子どもたちの「盾」
「じゃあ、どこから話そうか」
「昔のことから。
おじいちゃんが、国の外ともつながるような場所で活動してた頃の話」
「もう二十年以上前だな。だいぶ霞んできたよ」
「このあいだ、大学の授業でね。
"ある分野で国境をこえて活動した日本人"っていう資料が出てきたの。
そこに、おじいちゃんの名前があった」
「先生は気づいてたのかい」
「ううん。あとで言ったら、ものすごく驚いてた」
二人で少し笑ったあと、孫の声が落ち着いた。
「やっぱり、あの頃は大変だった?」
「大変だったよ。
でもね、おじいちゃん一人の物語じゃなかった。
家族と、周りの人たちと、たまたま重なった"流れ"と。
いろんなものが積み重なって、気づいたら、国の外からも声がかかるようになっていただけだ」
「じゃあ、なんで途中で離れたの?」
「"やめた"というよりね。
どこまで続けるか、最初から心の中で線を引いていたんだ」
「線?」
「そう。
お前の親たちが、小学生から中学生くらいのあいだまでは、あえて続けたほうがいいと思っていた」
「守るために?」
「そう」
私は、昔の小さな食卓と、まだ軽かった子どもの足音を思い出しながら話を続けた。
「小学校とか中学校って、"人と違う"ってだけで、からかわれたり、いじめられたりするだろう」
「うん。
自分の時代でもあったから、分かる」
「おじいちゃんは目が見えない。
その事実は変えられない。
でもね、こういう"物語"を、お前たちの周りに置いておけたら、少し違うかもしれないって思ったんだ」
お父さんは目が見えない
それでも、ある分野で国境をこえるところまで挑戦している
図鑑やメディアにも紹介されている
だから「体が不自由=不幸」とは限らない
「この式をね、小学校、高校くらいまでは、わざと見せ続けたかった」
孫が、ふっと息をもらした。
「それ、だいぶ計算高いね」
「やさしい顔をした計算だよ」
私は笑いながら続けた。
「おじいちゃんは、いつもそばにいて守れるわけじゃない。
見えないってことは、そういうことでもある。
だったら、自分の生き方そのものを、子どもたちの"盾"にするしかない。
そう思って、その活動を続けていたところもあったんだ」
🔄 前に立つ役から、支える役へ
「じゃあ、いつ離れたの?」
「お前の親たちが、自分の頭で考えて、自分で選べるようになってきた頃だな。
高校から大学にかけてくらいだ」
「そのとき、どう思ったの?」
「『ここから先は、親の光じゃなくて、自分の光で歩けばいい』って思ったよ。
そこから先まで、親が前に立って強く光っている必要はない。
むしろ、少しずつ後ろに下がったほうがいい。
だから、おじいちゃん自身の光は薄くなっていってもいい、とそのとき腹の中で決めた」
孫は、ゆっくりとうなずいた気配を見せた。
「じゃあ、"諦めた"というより、"役割を変えた"感じなんだね」
「そうだね。
前に立つ役から、少し後ろで支える役に変わった、というほうが近いかな」
少し沈黙が落ちた。
窓の外を走る車の音が一本通り過ぎていく。
この地区で子どもが遊ぶ声は、もうほとんど聞こえない。
🤖 小さなラベルから、AIと歩む道へ
孫が、少し笑い混じりに言った。
「でもさ。
光が薄くなったっていうわりには、今のほうが、世界中とつながってない?」
「どういう意味だい」
「だって、"見えない映像クリエイター"なんて名乗ってたの、最初はノートの自己紹介だけだったんでしょ?
今じゃ、その言葉、分野名みたいに使われてるじゃん。
大学の講義名にもなってるし、国際プロジェクトの資料にも普通に出てくる」
「勝手に育っていった感じだね」
「それに、おじいちゃん。
いま世界のあちこちで使われてる"触れる物語空間"のシステム、設計した人の一人でしょ」
「名前は表に出てないけどね」
「でも、実質そうでしょ」
私は、少しだけ肩をすくめた。
「最初は、"見えない映像クリエイター"って、自分を紹介するための小さなラベルだった。
心の中に浮かぶ景色を、言葉と音で描く。
それだけのつもりだったんだ」
「うん」
「でも、続けていくうちに、それだけじゃ足りなくなった。
頭の中の映像を、もっといろんな人と共有したくなった。
そこで、おじいちゃんはウェブに手を出した」
「そういや、ずっとやってたね。
読み上げだけで、カタカタやってたやつ」
「そうそう。
誰かに頼まれたわけじゃない。
自分で作って、自分で壊して、また作る。
地味な夜の作業だったけどね、そこで覚えた"仕組みの考え方"が、あとで全部つながった」
「AIのところに?」
「そう。
ここ十年くらいで、AIはすっかり当たり前の存在になった。
おじいちゃんにとって、AIは単なる道具というより、"もう一本の腕"みたいなものなんだ」
「もう一本?」
「右手に一つ。
左手に一つ。
二つのAIに、違う役割を持たせてる」
「どう違うの?」
「片方は、アイデアを広げる手。
もう片方は、それを形にまとめる手。
右手が描いて、左手が整える。
そんな感覚で、映像でも言葉でも、ウェブでも組み立てていく」
孫が、吹き出した。
「ちょっと待って。
それさ、今の感覚で言うと、けっこう"きもっ"だよ」
「きもっ?」
「うん。
右手も左手もAIって、なんかもう、人なのか機械なのか分かんない感じ。
二十年前の言葉で言うと、多分『気持ち悪い』に近い」
「なんじゃそれ」
思わず声が少し大きくなった。
孫は肩を揺らして笑っている。
「だってさ。
"AIを両手に持ってます"って、説明なしで聞いたら、
『自分はいったいどこにいるの?』って不安になる人、けっこういると思うよ」
「なるほどね」
私は少し笑ってから、静かに言い直した。
「でも、おじいちゃんの感覚ではね、奪われている感じはないんだよ。
右手も左手も、ただの道具じゃない。
一緒に考えてくれる相棒みたいなものだ」
孫は、笑いを少しおさめながら言った。
「そう聞くと、ちょっと印象は変わる。
じゃあ、"きもい"じゃなくて、"不思議"くらいにしとく」
「評価が一段階上がったな」
「うん。半歩だけね」
二人でまた笑ったあと、私は続けた。
「人がぜんぶ一人で抱え込む時代から、人とAIが半分ずつ考える時代に変わってきた。
おじいちゃんは、そこで怖がるより、"どうやったら一緒に呼吸できるか"のほうがずっと気になったんだよ」
孫はうなずいた。
「うん。
最初にそういうことやる人って、たいてい"ちょっと変な人"だからね」
「それは否定しない」
「でもさ。
そういう人ほど、結果的に"唯一無二"になるんだと思う」
🔥 唯一無二の道は、まだ続く
私は、手の中の湯のみを確かめながら、ゆっくり息を吐いた。
「見えない映像クリエイター、って肩書きは、入口にすぎなかった。
ウェブを触って、AIを両手みたいに使うようになってから、
表現は"作品"から"空間"に変わっていった。
見える人も、見えない人も、同じ物語の中に、それぞれの感覚で入り込める空間にね」
「今、おじいちゃんが関わってる"物語の部屋"のプロジェクト?」
「名前は色々だけど、流れは全部つながっているよ。
おじいちゃんはもう、前に立ってスポットライトを浴びるわけじゃない。
今は、世界のいろんな場所を、見えない糸で結んでいく役のほうが多い」
孫の声が、少し柔らかくなった。
「正直言うとさ。
私から見ても、おじいちゃんは"唯一無二"だと思うよ。
世界で一人しかいない種類の、変な大人って感じ」
「変は余計だ」
「いや、そこがいいんだって」
少し間があいて、孫が改めて聞いてきた。
「じゃあさ、おじいちゃんの"今の夢"って何?」
「昔はね、『どこまで行けるか』っていう夢だった。
でも今は、もう少し違う」
「どう違うの?」
「世界のどこかで、一人でもいい。
読んでよかった。
誰かに伝えたい。
"見えない"ことや"デジタル"のことを、前より少し優しく考えられるようになった。
そう感じてくれる人がいること。
それが、ずっと大事な夢だった」
「それはもう叶ってるよ」
「どうしてそう思う?」
「だって、私がそうだから。
おじいちゃんの話、勉強になるし、友だちにも話したくなるし。
"見えない"ってことを、かわいそうだとか、ハンデだとか思う感覚、もうないもん。
むしろ、『こんな生き方もあるんだ』っていうひとつのモデルになってる」
胸の奥が、静かに温かくなった。
「そうか」
「うん。
たぶん、世界のどこかに"もう一人"も"もう何人"もいると思う。
人口は減ってるけどさ、一人一人が受け取るものは、前よりずっと濃い気がする」
私は湯のみをそっと持ち上げた。
ぬるくなったお茶の味が、やけにありがたい。
「前はね、国際的な第一線から少し離れたとき、正直、悔しさもあったんだよ」
「うん」
「でも今は、あれでよかったと思っている。
あのとき『子どもたちを守るための光』として続けていたものを、
必要なところまで届けたからこそ、
こうして"見えない映像"と"ウェブ"と"AI"で、もう一度別の形の光を作れた。
あれは終わりじゃなくて、今につながる通過点だったんだな、って」
孫が、少し笑った。
「これからも続けるんでしょ?」
「もちろん。
目は見えなくても、映像はまだ消えていない。
右手のAIと、左手のAIと、自分の言葉。
この三つを組み合わせて、どこまで行けるか、もう少しだけ見てみたい」
「人口が減ってもさ、そういう人が一人いるだけで、世界ってけっこう違って見えると思うよ」
窓の外を風が通り過ぎる。
少子高齢化で、子どもの声が減った町の夜。
それでも、この小さな部屋の中には、世代をまたぐ会話と、これから先の時間が、静かに流れている。
私はその静けさの中で、心の中でそっと思った。
昔、子どもたちを守るために続けた光。
あの光は、薄くなったわけではなかった。
形を変え、場所を変え、
いつの間にか、もっと大きくて、もっと静かなステージへ届いていたのかもしれない。
そして、まだ終わってはいない。
見えない映像は、これからも更新されていく。
少子高齢化の時代に生きる、わずかな子どもたちや若い世代のどこかで、
そっと火を灯すことができるなら、
この先の何年かを使う価値は、まだじゅうぶんにある。
そう思いながら、私は孫の気配に向かって、もう少し話を続ける準備をした。
📬 おわりに
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この物語は、私自身の経験と、いつか来るかもしれない未来を重ねて描いたものです。
「見えない」ことも、「AIと一緒に作る」ことも、特別なことではなく、ひとつの選択肢として届けられたらと思っています。
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