【創作大賞2026応募】わたしという人間はコンテンツではない・改訂版
赦せないことがある。
例えば、消費されること。
例えば、利用されること。
わたしという人間は、コンテンツではない。
誰かのために望んだ言葉を延々と与え続ける、全肯定マシーンでもない。
ㅤ電車に揺られている。窓から差し込んでくる、徐々に高く昇っていく朝日が眩しい。目を細めて、視線を手元に落とした。
小さな液晶のなかに、見ているこっちがめちゃくちゃになってしまうほどの感情たちが、140字のなかで窮屈に叫んでいる。
自分には関係ない話とわかってもなお、指先はついついと画面をなぞっていく。
事細かに経緯を説明されたご近所トラブル、名前のつかない心身の不調へのやりきれなさが乗った嘆き。愛してやまない偶像への肯定、知りもしない人への罵詈雑言、購入品の自慢、仕事に対する不満――書ききれやしない。
そういう関心のない知らない誰かの文章化という手段で誇張された人生の一面を、小さなエンタメとして消費している。
ひとかけらのつぶやきを、善と悪に振り分ける。他人の人生に勝手にニヤッとしたり眉を顰めたりして。今日もまた、ほんとうに何をやっているのだろう。
そんなふうに、この車両に乗っている人間全員を自分ごと一緒くたにして嘲った。
ㅤ過去に書いた文章でも何度も言及しているが、わたしは約三年前に自殺未遂を起こした。
良くないことをしたな、という気持ちと、でもあのときはああいう風にするしかなかったよな、という気持ちが両方あって、考えたってどちらが正しいのかわかる日はきっと来ない。
ㅤだから普段はあまりそのことに触れないし、別にひけらかすようなものでもないから今関わっているほとんどのひとには当時のことを話していない。
自分はもう大丈夫なのだと、信じて疑わずに社会へ溶け込んでいく過程を日々踏んでいた。
ㅤそんな生活にも慣れたころ、ちょっと自分では想定できなかったことが起きた。
当時仲の良かった人たちが、わたしの件の未遂を創作物に落とし込み始めたのである。しかも連名ではなく個々人で。
ㅤある人は、よく好きな漫画やアニメについて語り合っていた。付き合いが長くなって彼女の部屋の片付けを手伝ったこともある。
ㅤ彼女は「何者でもなくても生きていてほしい」という言葉を添えて、わたしがやったことをアニメのキャラクターになぞらえさせた漫画を描いて公開した。わたしなんかの愚行と同じ道を辿らされたのは、わたしが愛してやまないキャラクターだった。
ㅤまたある人は、よく夜中に電話をしていた。いろいろな話をして、時折深夜の街を一緒に散歩した。ㅤその子はメンバーシップ式のサイトに、わたしを男性として据えて、まるでわたしたちが恋人だったかのようなストーリーを公開した。そのなかにはもちろん未遂についても言及されていた。
一級品のきれいな言葉たちで。
ㅤわたしが負った激痛は、わたしが起こした自暴自棄でわたしの自己責任なのに。美化されているようで、起こった事象だけを拾い上げてコラージュみたいに切り貼りされているようで、どちらも目にした直後はなにも考えられなくなった。
ㅤ最初は「これがその人の善意なら」「これがこの人の言いたかったことなら」と、 受け入れようとしたり、アンサーとなるものを示したりもした。「ありがとう」なんて口にしたこともあった。
創作とは元来自由なものだ。別に痛みも出来事もわたしの専売特許じゃあるまいし、その事象をコンテンツとして扱うこと自体に罪はない、はずだ。
ㅤでも心の奥底では、ずっと違和感があった。
それは喜びから引き出されたふわふわ甘い感覚ではなかった。
ㅤ大抵のことは受け流して、飲み込んで、時には誇張して。
そうやって相手のノリに合わせて笑いながら、友達をたくさん作ってきた。
みんなに「欲しい言葉」を与え続けていた。だから「ありがとう」だって言った。
ㅤ人間は、相手がどう振る舞っていても、ひとたび自己開示をされると「心を開かれた」と感じてしまうらしい。
ㅤ皮肉なことに、わたしが吐き散らした過去を知っている人ほど、 不健全なほどわたしに執着した。
深夜に電話がかかってきても、突然遊びに行こうと誘われても。常に「いいよ」と笑っていた。
そうすれば、喜んでより一層気に入ってくれるから。
気に入ってくれれば、それを続けていけば裏切られることはないから。
「やさしい」は価値だ。暗い過去は通貨だ。交換するように自己開示し合って、いつしか自分がなんでこんなことをしているのかもわからなくなって、その頃わたしだけのわたしはもうどこにもいなかった。
自他の境界なんてもうきっとどこにもなかったのだろう。
ㅤ人に好かれるのは好きだった。
元来目立ちたがり屋だったし、放っておかれたまま育った人生だから、 誰かから興味を向けられるのは、それなりに心地よかった。
ㅤずっと感じられずに生きてきた、自分にはちゃんと価値があるという感覚。他人からの肯定も、交わし合う心配の言葉も、自分の中身を受け入れてくれる友達というものも、それまで知らなかったから。
ㅤそんなだから、あの出来事は青天の霹靂とすら言えた。なんでこんなことをするんだろう。
考えてもわからないほどに、わたしの過去を嬉々として作品に落とし込む彼女たちは悪意を感じられなかった。
純粋に、消費されている。そう思った。
わたしの身に起こったあの出来事は、一部のコミュニティでコンテンツと化している。
どうして?わからない。わからないから、消してくれとも言えない。
ㅤわたしはただ、自分の人生をせいいっぱい適当に生きているだけだ。
美化されるようなものも、消費されるような価値としての重さも、全くと言っていいほどない。
ㅤただひとりの人間が息を吸って吐いて、腹を減らしたり眠たがったり、 ぐるぐると思考を巡らせることに、特別な尊さなんてない。
ㅤだって、そうだろう。他人の人生に第三者が価値や意味を付加するなんて、美醜や優劣をつけるなんて。
そんな酷くて独善的なことが、常態化していていいはずがない。
そこにあるのはただの人生だ。
ㅤ精神を病んでいた頃、どこにも救いがなくて毎日泣いて暮らしていた。
美大に通い絵を描いていたが、好きなことをしているはずなのに、恵まれた環境でいるはずなのに、全部が現実じゃないみたいだった。
ベランダから飛び降りたあの日。
死ねなかったし、死にたいとすら思っていなかったかもしれない。
ㅤあのとき確かに、自分を痛めつけて——それはカッターやカミソリの比じゃないくらいに。
そうすれば、さすがにもう救いようのない願いも叫びも無駄だとわかって、 全部諦めて、明日からちゃんといい子で生きていけるんじゃないか。
もう誰も不快にさせたり、迷惑をかけなくて済むんじゃないか。
そう思った。
ㅤ足先から着いた地面の硬さに、この身体は耐えられず衝撃が伝播して背骨を砕いた。
丈夫な身体を持ったわたしはどんな怪我をしても基本的にけろりとしている子供だったが、このときは不思議と立てなかった。
痛みに全身ががたがた震えて、いつの間にか救急車で運ばれていた。
ㅤICUのベッドの上で、ずっとずっと考え続けた。もうすべてを諦めようと。
好きなことを夢に据えて追いかけ続けることも、自分を痛めつけることも、上手に笑えないことも、恵まれたわりに家族を恨んでいることも、ぜんぶぜんぶやめたい。次に目が覚めたときに、もっと誠実な自分でありたい。
ㅤ安定剤の入った点滴のパックから、ぽたぽたとしずくが落ちて行くのをぼんやり眺めながら、目を閉じた。
ㅤ少しずつ、あのときの細かなことは忘れ始めている。今でもそれは人生において大きな分岐点だったと思うし、周囲に与えた衝撃の重さだってある程度は理解している。
ㅤいつか全部思い出せなくなって、わたしは自分が最初からずっと幸せな人間だったと、あの未遂はなにかの気の迷いだったと、他人事みたいに思えたりもするのだろうか。
ㅤあの日のあの瞬間は、わたしだけが主観で語る権利がある。
みんなが知っているのは、表面的な事実と、それを補填する想像だけだ。
この文章を読んだとしても。 どんなに会話を重ねたとしても。
だからこそ、ショックだった。
ㅤ「あなたなんかに私の気持ちは分からない」と線引きしておきながら、
わたしという人間のことはなぜか「知った気」でいる。
自分の人生よりわたしの人生を矮小に見ておきながら、 ディテールのいくつかだけは拡大して眺め、 他人の人生をコンテンツとして切り取る。
それを外に拡散する。
あなたの言いたいことを強調するために、 わたしの人生を、知らない人たちにまで届くようにする。
ㅤ匿名性に寄りかかって、自分以外の人間にも考える力があるということから目をそらすくせに、 自分の想像力だけは豊かで聡いと信じている。
そしてそれを事実として押し付けてくる。
だから、腹が立つし、赦せない。悲しい。
そこにいるわたしを見ていない。
対話をしていない。
わたしという人間を媒介して、かわいそうな心を壊した人たちの代弁者であることを求められているようだった。
ラベリングされて、言っていないことすら言ったことにされて。
ㅤ別にそこにいるのは、あのとき自分の意志でベランダの柵から手を離した、わたしじゃなくても。
誰だっていいんじゃんか。
そこにあったのは、失望という感情だったと思う。
ㅤ別にそういったことをしているのは彼女たちだけではない。思い返せば父や祖母など家族との間ですらそういったことはあったなと思うし、世間をよく観察してみればそんなことは普遍的にあるだろう。
ㅤだから、もうなんにも話したくない。誰にも、自分の内側を知られたくない。
そんなことを思っていた時期とちょうど同じくらいの頃に、偶然にもわたしの視界が少し広がるような出会いをした。
ㅤ退院してからのわたしは、東京の自宅に帰らせてもらえるわけもなく、実家に連れ戻されて妹に毎日のようにVtuberの切り抜きを見させられていた。
しばらくの間インターネットから離れた生活をしていただけに、とても新鮮な気持ちだった。
ㅤSNSを開けばファンアートが無数に流れてくる。イラストだけではない。小説から、音楽から、考察じみた文章まで。顔も知らない人々に、語弊を恐れず言うのであれば好き勝手にあれこれ書かれている。
ㅤそれでも毅然として、自分の発信したいことを世界へ絶えず放ち続ける彼ら彼女らは、わたしの目にはとてもかっこよく映った。
ㅤ盛り上がったコンテンツがあっという間に消費しつくされて静かに終わりを迎える中で、自分を見失わない。消費されても核を失わない。
そんなふうになりたいな、と思った。
ㅤその日から、自分を脳内で殺し続けるのをやめた。なんて、体のいい言葉でわたしもまた彼らを自分にとって都合のいい位置づけにして消費しているのだと気付いて、頭を抱えた。
失われないものってなんだろうね。
付加されたものじゃない、損なわれない価値ってなんだろうね。
ㅤわたしがわたしとして自分勝手に自由に生きている瞬間のひとつひとつを、誰も切り取って拾い上げたりなんかしなければいいのに。
ㅤでもそれはきっと無理なんだ。我々人間というのは、きっと皆自分じゃない誰かを自分の知ってる言葉だけの檻に閉じ込めてしまう。自分の知らないことは、認知しようがないから。
ㅤ得体の知れない怖い相手も、自分の知っている言葉で書かれたラベルがびっしりついていたらそれはまるで取り扱い説明書のようで安心するだろう。
ㅤその大半はだいたい正解ではないけれど、正答率より如何に自分の見識のなかに収めるか、如何に自分を安心という術に落とし込めるか。
きっと、そのほうが重要なのだ。
ㅤそうやって他人に期待するのをやめたとして、諦めて悟った気になったとして、じゃあこれからわたしが拒絶したかった見定められるという行為がなにも苦痛だと思わないで済むようになるのか。
それはきっと違う。
ㅤこれからも、他人に勝手に名前をつけられたり、「あなたはこういう人間だ」と決めつけられるたび、もうやめてくれと叫びたくなるだろう。
ㅤだから、今のわたしにできること。
こうやって文章を書くこと。
せめてこの白と黒だけの空間に、わたしの願いと思いを書き殴ること。
誰にも読まれなくても、読まれたうえでさらに意図とは違う捉えられ方をされても。
ㅤわたしはこう思ったんだって事実を、残しておくことはできるはずだ。
わたし自身が思ったこと、感じたこと、願ったこと、祈ったこと。そのすべてを。
ㅤここに遺して、後ろの風景ばかり眺めるんじゃなくて。
前を向いて、まっすぐに自分は自分だとわたしだけは信じていたい。
ㅤわたしという人間は、コンテンツではない。
誰かのために望んだ言葉を延々と与え続ける、全肯定マシーンでもない。
ㅤわたしは自分を、言葉を媒介して示し続ける。
誰かに勝手に名前をつけられても、自分を見失わないくらい強くなれるまで。
