説明したのに相手が決められない──上流SEが先に渡す判断材料
会議の中で、こちらはかなり丁寧に説明したつもりなのに、最後に相手から「少し持ち帰ります」と言われることがあります。画面の仕様も、選択肢も、技術的な制約も伝えているのに、それでも決まらない。そんな場面が続くと、自分の説明力が足りないのではないかと感じてしまいます。
ただ、上流SEやPM補佐、ITコンサルの仕事で本当に難しいのは、分かりやすく話すことだけではありません。相手が判断できる形まで、情報を整えて渡すことです。説明は、相手に内容を理解してもらうためのものです。一方で判断材料は、相手が選び、責任を持ち、次の行動に移れるようにするためのものです。この二つは似ているようで、かなり違います。
僕も以前は、相手が決められないときほど説明を増やしていました。背景を補足し、資料を厚くし、細かい論点まで並べる。もちろん、それで助かる場面もあります。でも、説明が増えるほど相手の頭の中では、結局どこを見て決めればいいのかがぼやけることがあります。情報量が足りないのではなく、判断の置き場所が見えていないからです。
よくあるのは、こちらは仕様を説明しているのに、相手は業務リスクを考えているというズレです。こちらは、この機能なら実装できますと伝えている。相手は、それを選んだ場合に現場が納得するのか、運用で揉めないのか、上司に説明できるのかを考えている。このズレを埋めないまま説明を重ねても、相手は理解したうえで決められない状態に残ります。
では、相手が決められる状態とは何か。僕は、少なくとも三つの材料がそろっている状態だと考えています。
一つ目は、選択肢の差分です。A案、B案、C案を並べるだけでは、まだ判断材料にはなりません。大事なのは、それぞれを選んだときに、何が変わり、何を諦め、どんな責任が残るのかまで見えることです。たとえば、A案は初期費用を抑えられるが運用で手作業が残る。B案は開発工数は増えるが、月次処理の確認負荷を下げられる。C案は理想形に近いが、今期中のリリースには乗りにくい。こうして差分が業務の言葉に変わると、相手は初めて自分の立場で考えられます。
二つ目は、業務影響です。システム側の説明だけでは、業務部門は判断しきれません。項目が増える、チェックが入る、処理が自動化される、という説明は必要です。ただ、それだけでは業務の現実に届きにくい。誰の作業が減るのか。誰の確認が増えるのか。月末だけ重くなるのか。毎日少しずつ効くのか。例外時に誰が判断するのか。ここまで落とすと、相手は自分たちの仕事として受け取れます。
三つ目は、決めない場合の影響です。上流の会議では、決めた場合の影響は話していても、決めない場合の影響が曖昧なまま残ることがあります。すると、相手は安全そうに見える保留を選びます。でも、保留にもコストがあり、開発着手が遅れ、テスト観点が固まらず、関係者への説明が後ろ倒しになり、暫定運用が長引くこともあります。決めないことで何が起きるのかを静かに示すことは、相手を追い込むためではなく、保留という選択にも責任があると見えるようにするためです。
ここで注意したいのは、判断材料を渡すことは、相手の代わりに決めることではないという点です。上流SEがすべての答えを持つ必要はありません。むしろ、業務責任を持つ人が決めるべきことまで、こちらが抱え込むと、あとで合意の根拠が弱くなります。こちらの役割は、正解を押しつけることではなく、決めるための地図を整えることです。
判断材料を渡すときに、もう一つ大事なのは、相手の判断単位に合わせることです。現場担当者は、明日の運用で困らないかを見ています。課長や部長は、部門として説明できるかを見ています。経営層に近い人は、投資対効果やリスク許容を見ています。同じ内容でも、誰に判断してもらうかによって、渡す材料の粒度は変わります。ここを揃えないと、現場には粗すぎて、管理職には細かすぎる説明になります。
そのために、会議前に一枚だけメモを作るとしたら、僕なら次の五つを入れます。今日決めたいこと、選択肢ごとの差分、業務への影響、決めない場合に起きること、あとから見直せる範囲。この五つがそろっていると、会議は説明の場から判断の場に変わりやすくなります。
さらに、決まった後は、その場の空気で終わらせず、何を前提に決めたのかを短く残しておくことも重要です。あとから状況が変わったとき、合意ログがあれば、誰かを責める話ではなく、前提を見直す話に戻せます。判断材料は、決める瞬間だけでなく、あとで案件を守る材料にもなります。
説明がうまい人は、話し方が流暢な人ではないと思います。相手がどこで不安になり、どこで責任を感じ、どの情報があれば決められるのかを先に考えられる人です。技術的に正しいことを、業務の判断に使える形へ変える。その翻訳力が、上流SEの価値を大きく分けます。
説明したのに決まらないとき、次に増やすべきなのは、説明の量でしょうか。それとも、相手が決めるための材料でしょうか。次の会議で、あなたは何を先に渡しますか。

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