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人に合わせ続けたあと、自分の好きが分からなくなる──優先順位がぼやける日の整え方

気づけば、なんでもいい、が増えていませんか。

お昼を何にするか聞かれても、なんでもいい。
帰りに何か買うか聞かれても、どっちでもいい。
休みの日に何をしたいか考えても、別に思いつかない。

昔はもっと、これが食べたい、今日は静かに過ごしたい、今は会いたくない、みたいな小さな感覚があったはずなのに、忙しい日が続くほど、それが出てこなくなる。

そして、そんな自分を見て、僕たちは少し不安になる。
自分には好きなものがないのかもしれない。
何がしたいのか分からない人になってしまったのかもしれない。
このまま流されていくのではないか。

でも、たぶん違います。
好きが消えたわけではない。
ただ、人に合わせる時間が長すぎて、自分に確認する時間が後ろへ押しやられているだけです。

職場では、相手の都合を見て予定を動かす。
会議では、場が荒れない言い方を選ぶ。
家に帰れば、家族の空気を見て話す順番を決める。
友人とのやりとりでも、相手が疲れていそうなら自分の話は後回しにする。

こういうことは、どれも悪いことではありません。
むしろ、大人としてちゃんとしている振る舞いです。
周りとうまくやる力でもあるし、信頼される理由にもなります。

ただ、その状態が一日じゅう続くと、人に合わせることが先になり、自分の感覚を拾うことが後回しになります。

今日は何が食べたいか。
今は話したいのか、静かにしたいのか。
この予定は本当に入れたいのか。
それとも、ただ断る理由が見つからないだけなのか。

本当はその都度、小さく確認したほうがいいことを、僕たちは省略してしまうんです。
だって、その確認には少しだけ立ち止まる力がいるから。
でも、疲れている日は、その少しがいちばん難しい。

だから、なんでもいい、になる。

この なんでもいい は、気楽だから出てくる言葉ではありません。
むしろ逆で、もう細かく感じ取る余力が残っていないときに出てきやすい言葉です。

特に、頼られることが多い人ほどそうなりやすいと思います。
しっかりしている人。
空気を読める人。
話を聞く側に回ることが多い人。
場を止めないように調整できる人。

そういう人は、周りから見ると安定していて、落ち着いていて、大人に見えます。
でも内側では、自分の感覚をずっと後回しにしていることがある。

その結果、ある日ふと、自分は何が好きなんだろう、と思う。
行きたい場所も、食べたいものも、会いたい相手も、以前ほどはっきりしない。
大きな夢が分からないというより、日常の小さな選択でさえ輪郭がぼやけてくる。

ここで苦しいのは、嫌なことばかりしているわけではない、という点です。

本当に嫌なら、まだ分かりやすい。
でも実際は、仕事も人間関係も、それなりに大事で、それなりに納得もしている。
だからこそ、自分を見失っていることに気づきにくい。

好きが分からなくなる前に起きているのは、自分を無視していることではなく、自分の確認を省略していることなんだと思います。

では、どう戻すか。

ここで、好きなものを見つけよう、と急に大きく考えないほうがいいです。
好きな仕事は何か。
理想の暮らしは何か。
本当に会いたい人は誰か。

そういう問いは、元気があるときには意味があります。
でも、優先順位がぼやけている日に投げるには少し重い。

そんな日はもっと小さくていい。

まず、したいことより、したくないことを先に見る。
今日は長い会話をしたくない。
今日は決めることを増やしたくない。
今日は人の機嫌を読まなくていい場所にいたい。

不思議ですが、好きは分からなくても、嫌や重いは先に見つかることがあります。
自分の感覚が鈍っている日ほど、快より不快のほうが輪郭を持ちやすいからです。

次に、好き嫌いではなく、重いか軽いかで選ぶ。

今日は外食がしたいか分からない。
でも、店を探して並んでメニューを決めるのは重い。
だったら、帰り道で買えるものにする。

誰かと話したいか分からない。
でも、気を遣う会話は重い。
だったら、ひとりでいられる時間を少し確保する。

元気なときの選び方と、疲れているときの選び方は、同じでなくていい。
疲れている日に必要なのは、正しい選択ではなく、自分をこれ以上すり減らさない選択です。

そしてもう一つ、大事なのは、家に帰って最初の小さな選択を雑に渡さないことです。

飲み物を何にするか。
先にお風呂に入るか。
少し静かな時間を取るか。
テレビをつける前に照明を落とすか。

小さすぎて意味がないように見えるかもしれません。
でも、自分の感覚は、こういう小さな選択から戻ってくることが多い。
大きな生き方は分からなくても、今は熱いものより冷たいものがいい、今日は少し暗い部屋でいたい、そういう感覚が戻ってくると、少しずつ輪郭が戻ります。

自分の好きは、突然きれいに戻るわけではありません。
何がしたいか分からない状態から、いきなり理想の人生が見えるわけでもない。

でも、なんでもいい、が少し減る。
今日はこれは違う、と言える。
今はこっちのほうが軽い、と選べる。

その小さな回復が、自分の優先順位をまた内側に戻してくれます。

人に合わせられることは、弱さではなく力です。
ただ、その力を毎日使っている人ほど、ときどき自分の感覚を迎えに行かないと、自分の人生まで なんでもいい に近づいてしまう。

優しい人ほど、そこを見落としやすい。
ちゃんとしている人ほど、後回しにしやすい。

だから今日は、大きな答えを出さなくていい。
自分の好きが分からないなら、まずは、自分にとって重いものを一つ減らすところからでいい。

そのほうが、自分を取り戻すにはずっと現実的です。

あなたは最近、なんでもいい が増えていませんか。

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