父と私と、小さなわたし
私の父は瞬間湯沸かし器だ。
なんのこっちゃと思うだろうが、怒り方がである。
父は序列、規律、倫理に関して厳しい基準を持っており、それを踏み越えると怒りが最高温度で噴き出す。
早い、まずいと思った瞬間には怒られている。
ひどい時は手も出た。
その行為が私や兄弟の性根を正せると、彼は信じていた。
私が嫌だったのは父から叩かれる前に、
ルールをきちんと提示されなかったことだ。
何を言ったら、したらダメか?
これを言語化することを父はしなかった。
昭和生まれの親父によくある自分の背中を見て学べという方式だった。
それは大人に通じるやり方であり、子どもには厳しいやり方だと思う。いや、大人にもやらない方がいい。
潰れてしまうからだ。
私が小学校3、4年の頃、親戚のおじさんが遊びにきていた。
父母はおらず、私とおじさんの娘だけで留守番していた。
その時、小腹が空いたのかおじさんが私に何か作ってくれと言ってきた。
私は一瞬何を言われたか分からなかった。
なぜ、私がこの人に食べさせなければいけないのか?
普通は逆では?と思ったが、大人に言われたのでイヤイヤながら、雑炊を作ったことを覚えている。
これを子どもが産まれてから、父や母と話していてふと漏らしたことがある。
こんなことをされたが、あれは子どもにさせることではなかったよね?と軽く言ったら、久しぶりに父が本気で怒った。
まさに瞬間湯沸かし器である。
うちの親戚がそんなことするはずがない!
お前、それは本当か!
間違いないのか!
なぜ、された時に言わなかった!
私に詰め寄る父。
成人してから浴びる久しぶりの圧に押されながら、本当だ、間違いないと言った。
今もはっきり覚えている。
22時を回っているのに怒りが収まらない父は、猛烈な勢いで親戚に喧嘩口調で電話して事実確認をしていた。
母がやめなよと言っても、こうなった父は止まらない。
私はそんな20年以上経った出来事で責められる親戚のおじさんが気の毒になった。
だって相手は覚えてないかもしれないのに。
しかも父は私の為に怒ってるわけではない。
自分の領域でされたルール違反に怒っているのだ。
私にはそれがわかった。
しかし、自然と口から
あの時の私を今守ってくれたんだよね、ありがとう、父さん
と出てきた。
負け惜しみでも嫌味でもなく、スッと出てきた言葉だった。
父はキョトンとした顔をして何も言い返さなかった。
そしてすぐ寝てしまった。
父が昔、俺はコケにされたら絶対忘れないと言っていた。
それを聞いた時、執念深い、怖いと思った。
だが、それは父の矜持なのだ。
俺はお前にされたことは忘れない、覚えておくという威圧が父にはある。
それが伝わるのか、彼は外で人に畏怖されながらも尊敬されている。
定年退職して10年経っても、職場の女性たちが家まで愚痴を言いに来るのを父は嬉しそうにしていた。
父に反発しながら、彼の矜持を誇り高い人だと思って見ていた。
優しい慰めや寄り添いはないが、彼は確かに私たちを大事に思い、守ってくれていたはずだ。
父なりに。
でも、お父さん、わたし、辛かったよ。
わたしの怒りや弱さをわかってほしかったよ。
小さなわたしが今も泣いている。
