見出し画像

北風と_02🚃【追憶食堂】【シロクマ文芸部】

( 前 話 / 登場人物と目次 )


北風と太陽みたいな天気だな。満員の通勤電車のなかで、ふと思った。朝、家を出るときはコートとマフラーが必要なくらい寒いが、昼になると暖かい日が続いていた。

いちばん困るのは電車のなかだ。徐々に外気温が上がっていくので、電車内の暖房がとても暑く感じるのだ。薄っすら汗をかいてから電車を降りると一気に体が冷えてしまう。暑いか寒いかどっちかにしてくれ、とつぶやきながら会社に向かって歩いていた。

親父の手術は無事に終了した。便が黒くなっていることに気付いて病院で検査したら大腸ガンであることがわかった。幸い他の場所には転移しておらず、大腸の一部を切断すれば治るとのことだった。退院してから1ヶ月が経ち、何事もなかったように普通の生活をしている。

先日、実家へ行ったとき、親父に昼飯は何を食べたいかと聞いたら、「トンカツが食べたい」と返ってきた。大丈夫なのか?と思ったが、依然と同じような食欲でトンカツを食べていた。

「親父さ、死ぬまでに食べてみたいものってある?」
「よしなさいよ、縁起でもない」

お袋に叱られてしまった。しかし、親父は気にせずに答えた。

「アジフライ」
「アジフライ?」

「直輝が小さい頃、蒲田に住んでただろ」
「なんとなく覚えてる」

「蒲田の『とんかつ太公望』のアジフライだな」
「ああ、トンカツが美味しかった記憶がある」

「あそこのアジフライは裏メニューなんだ」
「そうなんだ」

「魚はそんなに好きじゃないけど、店主に勧められて食べたアジフライが絶品だったんだ。あのアジフライは死ぬまでにもう一度食べてみたいな」
「へえ、そんなに美味しかったんだ。俺も食べてみたかったな」

蒲田から、いまの実家の川越に引っ越したのは中学生になるときだった。だから、もう30年前の話だ。『とんかつ太公望』はいまでも蒲田にあるのだろうか?もし、いまでも営業しているのであれば親父を連れて行ってあげたい。

(つづく)



(ひとつ前の話はこちらをクリック)

ショートストーリー?をつなげて連載中です。毎週金曜日頃に投稿予定です。
目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。

(【登場人物と目次】はこちらをクリック)

小牧幸助さんの企画に参加しています。
毎週ありがとうございます。

#シロクマ文芸部
#ショートショート
#連載
#追憶食堂
#ラジオ


いいなと思ったら応援しよう!

ひろいてん サポートして頂いたら有料記事を購入します!