噂話製粉所【毎週ショートショートnote】
昨日は初夏のような暑さで汗ばむ額をハンカチで拭っていたが、今日は一転して真冬のような寒さだった。綾辻拓也は春の陽気はもう訪れないのかもしれないと思いながら、都心の一等地に建ち並ぶ高層ビルに平行して、等間隔に植えられた五分咲きの桜を眺めていた。
桜の視線の先には不釣り合いな雑居ビルがぽつねんと建っていて、ペンキが剥げて薄くなった『石羊製粉所』と書かれた木の看板が掲げられていた。江戸時代から続く老舗で、近隣の蕎麦屋へ供給している。
地上げ屋のターゲットになっているはずだが、未だに立ち退く様子はない。蕎麦粉を隠れ蓑に非合法な粉を扱っていて、迂闊に近寄ると命の保証はないと噂話が立っていた。
綾辻拓也は今日は様子を見るだけにしようと、桜の花びらをスマホで撮影するフリをして、ズームを最大にして石羊製粉所の店内を撮影した。
「きれいですね」
突然声をかけられて、慌ててスマホの画面をオフにした。背中に何か固いものが突きつけられていた。
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