「はい、忘れ物」【せりふ三題噺】
はらとけいさんの企画に参加します。
今週のお題は下記の通りです。
■セリフ
「はい、忘れ物」
■三題
・エビフライ
・三輪車
・つらら
「しゅっぱつ、しんこー」
車掌の指差喚呼にあわせて、幼稚園児くらいの男の子が元気よく手を突き出した。その様子を見ていた蓮治は、娘の陽菜が幼い頃、三輪車に乗って同じセリフを言っていたことを思い出していた。
…
先日、会社の同僚から美術館の招待券を二枚貰った。思い切って陽菜を誘ってみたが、返ってきたのは「ムリ」という素っ気ない二文字だけだった。
どうせ断られるなら「興味ない」とか「予定ある」とか言われる方がまだマシだった。高校生になって、どんどん距離が離れていくのを感じて、蓮治は小さくため息をついた…
昨日、思い出して招待券を見ると有効期日がギリギリだったので、一人で行くことにして、駅のホームに立っていた。軒先から垂れ下がるつららを眺めていると、スマホが震えた。
『招待券、忘れてるよ』
陽菜からのラインだった。招待券を忘れるなんて、なんて間抜けなんだ。
でも、せっかく駅まで来たんだから、自腹を切ってでも美術館へ行ってみようかと考えていると、続いてラインが届いた。
『いまどこ?』
『駅』
『届けてあげる』
『いいのか?』
『エビフライね』
『了解、ありがとう』
駅前にある定食屋の名物で、陽菜の大好物だった。美術館の入館料よりも高くついてしまうが、娘の思わぬ好意が凍えそうな寒さを忘れさせてくれるくらい、嬉しかった。
…
陽菜が向こうからやってきた。
「はい、忘れ物」
「わざわざ、悪いな」
陽菜は小綺麗な格好をしていた。
(まさか、このあと彼氏とデートなのか?)
(そのついでに、届けてくれたのか?)
悶々としながら、招待券を見ると二枚あった。
「あれ、二枚あるよ」
「しゅっぱつ、しんこー」
(おわり)
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