【エッセイ】シイタケが連れてきた場所に立つ
本文
人からもらった言葉が、自分を思いがけないところに連れていくことがある。それを知っているから、私は言葉を大事にする。
「シイタケのバターしょうゆ焼き、美味しいやろう?あんた好きやもんね。マスオ君に感謝しないとね」
食卓にシイタケが出ると、嫁さんは決まってわたしに言ってくる。本当に毎回言ってくるから困ったもんだ。
この先、わたしはシイタケを食べるたびに思い出さないといけないのだろう。
シイタケが、わたしを思い出に連れていく。
わたしには、マスオ(仮名)という友達がいる。7歳のころからの友達だ。もう30年以上の付き合いになる。
わたし達はまったく勉強をしてこなかった。中学のころにはタバコとお酒を覚えていた。簡単にいえばクソみたいな学生だった。
クソは言い過ぎた。ゲ〇便みたいな学生だった。もう、本当に終わってた。まだ始まってないのに終わってた。
それでも高校は卒業できたのだ。中3の時、無理やりにでも塾に通わせると判断した両親には感謝しないといけない。
その塾で受けた模擬試験。志望校の合格率7%との数字を見た母親の顔を、わたしは忘れない。わたしも7%には驚いた。マスオは5%だった。
それでも進学したのだから7%は侮れない。マスオは5%をものにした。高校生になっても2人はクソみたいな学生のままだった。
選んだ高校は違ったが、家は近所だ。週末にはマスオの部屋で酒にタバコに、バカなことは全部やった。
今では考えられない青春だったが、それでもわたし達は最高に楽しんだ。もう戻れない時間だ……ん?
ちょっと待て。
思い出に浸りすぎた。
大事な場面まで飛ばすこととする。
20歳のわたしは悩んでいた。広島での生活に疲れていたのだ。地元を離れたわたしは友達もなく、ホームシックでもあった。
なにより、当時の恋人が自ら命を絶ったのが大きい。とにかくわたしの心は暗かった。暗黒期だ。
そんな時だった。
2年ほど連絡をしていなかったマスオから突然電話があったのだ。
わたしはこの電話を今でも覚えている。
「おう、久しぶり!!明日、佐世保でナースと合コンあるから7時集合ね!!」
「いや、待て。お前はナニを言っている?お前は佐世保か?俺は広島だ」
「うん知ってる。でも来るやろ?ナースぜ?楽しみしかないやんか」
「いや、まあわかる。でもな、明日仕事やんか?社会人なめんなよ?」
「知らんがな。サボって来いや!お前がおらんと始まらんやんか」
「いやいやいやいや、マジでちょっと待て」
ここから少しわたしは機嫌が悪くなる。電話の奥から、騒ぎ声が聞こえる……
「いいか?オレは広島にいる。お前は長崎だ。しかも俺はあした仕事だ。ナースと合コン?知らんがな」
あえて言うが、これは社会人として当然の発言である。仕事より大事な合コンはない。
「ノリ悪くね?いいか?ナースだぞ?エロいぞ?夜の診察してもらわんで男になれるか?」
アホだ。本当にマスオはアホだ。書いていて恥ずかしくなる。だが、本当にこんな電話だった。
「知らんがな!後ろで騒いでるアホ達と行けばいいやんか!!そんだけ騒げる奴らがおるなら、おいは必要ないやんか!」
もう1度言う。これは社会人として当然の発言である。仕事より大事な合コンはない。
「お前さ、なんがあったか知らんけどよく聞け?俺にとってお前が必要かどうかをお前が勝手に決めるなよ?それは俺が決める。お前は、お前にとって誰か必要かどうかだけ考えろ」
切れた電話を持ったまま泣いたのを今でも覚えている。人からもらった言葉で泣いたのは初めてだった。
合コンは楽しかった。夜の診察まではたどり着けなかったが、それでも最高に楽しい夜だった。
仕事は辞めた。わたしは佐世保に帰ってきた。その後、わたしは嫁さんと知り合って2人の子供にも恵まれた。
あの時、広島に残ったら。
合コンに行かず仕事に行ったら。
今のわたしはいない。
何気ない言葉が、どこか意外な場所に連れていく。あなたの行動は、いつも誰かの言葉に動かされている。
あなたの言葉は、いつも誰かを動かしている。
大切にすべきなのだ。人は言葉で動くのである。
あとがき
思い出を書きすぎた。嫁さんがシイタケをバターとしょうゆで焼いちゃうから悪いんだ。
本文では書かなかったが、ナースと合コンしたのは佐世保の居酒屋だった。
「シイタケ旨いよね!バターしょうゆ焼きとか最高やね?」
と聞いてきたマスオに頷いたのがいけなかった。わたしはシイタケが嫌いなのだ。なんで頷いたのか……
旨かったのだ。旨かったから困る。それ以来、わたしはシイタケのバターしょうゆ焼きが大好物だったりする。
人からもらった言葉は大切にすべきだ。その言葉で人生が変わることがある。本当にあるから困る。
自信がある。本当に起こりうるのだ。たった1つの言葉で人生が変わるのだ。
今日のおつまみはシイタケにしようか。近所のスーパーでシイタケを手に取るわたしに、娘は言う。
「パパー!きのこは嫌でしょ!こっちー、チョコ買うんだよー」
3歳の娘は私の手をひく。
そっか、君にはまだシイタケは早いな。おつまみよりチョコだよな。
思い出に浸るのは、また今度にしよう。
わたしはシイタケを棚に戻す。
娘のあとを追う。
君はこの先、どんな言葉で、どんな人生を生きるのかい?
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、佐世保の隅っこからウバでした。
いいなと思ったら応援しよう!
宜しければ応援お願いいたします!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!