「連れ去られた男」第十三話(最終回)

あらすじ 見知らぬ宇宙人によって異星に連れ去られた地球人男性。
体力、若さ、記憶を奪われ施設に隔離されるも何とか抵抗や脱出を試みる。だがうまくいかず、ない記憶から自分とは何者なのかを自問自答する。その結果は…。

 「父親の容体はどんなんでしょう」先日、施設にきた白のポロシャツに黒のスラックスの男が赤い上着の宇宙人に問いかけた。
 「お父様の体調は極めてよくありません。訪問医によると誤嚥性肺炎という診断です。この有料老人ホームにご入居される前に二度罹ったことがあると申込書にお書きでしたね」
 「ええ。それで家での介護はもう無理だと思い、いろいろな施設を見学して、ここに決めました。その間ショートステイを利用しましたが、だんだん認知症による妄想癖が強くなってきて…。こちらでもご迷惑をかけたようで」
 「認知症ーお父様の場合アルツハイマー病ですがー認知機能は下がっています。記憶力・思考力・計算力の低下などが中核ですが、それに妄想、幻聴、幻覚、誤認、暴言、暴力が伴います。お父様はこの全部に当てはまりました」

 「すみません」男はバツが悪そうに詫びを入れた。

 「お気になさらずに。認知症を患ったご高齢の方は多かれ少なかれ、そういうことになります」赤い服を着た女の宇宙人は屈託のない笑顔で返答した。首から名札をかけており、そこに『ケアマネジャー田中由紀』と書いてある。

 続けて「お父様ー山岡利夫さんは昭和10年9月22日のお生まれなので、今年で89歳ですね。そしてご長男の祐也さんはひとりっ子」と確認した。

 「そうです。三十年前に母が他界してから、ずっと一人暮らしでした。私もその時には家を出ていたので、毎月電話していました。数ヶ月に一度くらい直接会いに行って世間話をして飯を食いに行く。そういうことをしていました。趣味といえば読書くらいでしたが、定年後は登山や釣りをしていましたが、長続きはしませんでした。昭和生まれの不器用な人なので他人とのコミュニケーションはうまくなかったですね。もちろん私ともですが」
 
「父親と息子の関係は母娘より難しいと私も感じています」とケアマネが返答する。

「一昨年、昨年と誤嚥性肺炎に罹り、最初と同時に認知症だと分かり地域包括支援センターに相談してショートステイにお世話になりましたが、二回目の肺炎になった時にそこのケアマネさんから、うちは二十四時間看護ができないので介護付き有料老人ホームを探した方がいい、と言われて縁あってこちらに入居となりました」

 「介護タクシーでここに来てから車椅子生活でした。祐也さんは別に来て書類のご記入もあり、その日の様子を直接ご覧になっていないと聞いています。当初からお父様は問題行動もありましたが、素直なところもあり、ここの職員ではアイドル的な存在です。肺炎で意識は混沌としていますが、手が空くとわざわざお部屋に様子を窺うスタッフも少なくありません」  

 ケアマネの話を聞いた祐也は目頭をハンカチで押さえ嗚咽した。五十も過ぎた男が遥かに年下との会話で我を忘れて泣きじゃくっている。

 「バイタルチェックの数字では、いつその時がきてもおかしくない状態です。枕元にいてあげてください。簡易ベッドもあるので必要でしたら、いつでもコールしてください」

 息子はまだハンカチを顔にあてがいケアマネを直視できずにいる。耳を澄ますと雨音が聞こえる。久々の雨だ。涙雨かと思いつつ、男は女に挨拶し、父親がいる部屋に向かっていった。

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