「連れ去られた男」第八話
あらすじ 見知らぬ宇宙人によって異星に連れ去られた地球人男性。
体力、若さ、記憶を奪われ施設に隔離されるも何とか抵抗や脱出を試みる。だがうまくいかず、ない記憶から自分とは何者なのかを自問自答する。その結果は…。
宇宙人がやってきた。男のような見たことがない奴だ。そいつは車椅子に座る俺を部屋まで連れて行った。その男は洗面台の前で車椅子を止めた。蛇口の近くにある歯ブラシに歯磨きを付けた。それを俺の口元まで持ってきた。どうやら歯を磨こうとしている。俺は両手を交差させて✖️を作った。これくらいは自分でできる。そいつから歯ブラシを受け取り、口に入れてゴシゴシと磨き始めた。歯ブラシの様相は地球にあるものと同じといっていい。歯磨きの色は白で、口に入れるとスースーした。これも地球にいた時に使った経験のあるものだ。口をゆすぐまで自分でできた。奴はパジャマを持っていた。どこで手に入れたのか。日が暮れ外は真っ暗だ。もう眠い。早く寝たい。着替えさせてくれるのなら頼ろう。その男のような生物は俺を万歳させ、着ていたシャツを脱がせた。素早く上着を着させた。男は分身し、二人がかりでズボンを脱がせ、パジャマの下を履かせた。ベッドの中に入るとその二人は部屋から出た。腹も満たされたので、すぐに眠りについた。
日が昇って目が覚めた。ぐっすり寝たようだ。でも体がベタベタしている。寝汗をかいたようだ。パジャマがぐっしょりと濡れている。昨日はいろいろあったのは覚えているが、ところどころ抜けている。どうやってこの施設に来たのかも怪しい。記憶がない、これは人として重大問題で、自己嫌悪の素になる。着替えのためか女のような宇宙人がやってきた。それ位は自分でできると主張したが、通じないのか、慣れた手つきで長袖シャツ、ズボンを俺に着せた。そのまま俺を大広間に連れて行った。
朝食は洋食、といっても、トースト、目玉焼き、サラダ味のゼリー。本物のオレンジジュースが飲めたのが嬉しかった。食は幸福感を与えるものだ。現物のジュースを飲むだけなのに、体の細胞が喜んでいるようだ。その体感を受け、幸せな気分を心から感じられるのだ。心と体が繋がっていることを常日頃から心掛けておけば、溌剌に暮らしていけるのに…。理解しているが、ここに来てからできていないもどかしさがある。
食後は食堂兼大広間でぼけっとしていた。テレビが付いていた。何をやっているのかと眺めていたらドラマを流していた。言葉もちんぷんかんぷんな上、役者も知らない。興味がない。日光がガラス窓から差し込んできている。地球でいえば初夏くらいの日差しだ。湿度もなさそうなので、外に出ると気持ちがいいだろう。
ゆっくりとした時間の中でまどろんでいたら体を左右に振られた。不愉快な形で現実に戻された。緑の服を着た男の宇宙人が車椅子を押していった。どこまで連れて行かれるのか。正直怯えていた。
着いた所は旅館の大浴場ような場所だ。風呂に入れるのかと思い、ウキウキワクワクした。ここに拉致されてきて以来、宇宙人は体を拭いてくれたことはあっても、入浴はなかった。記憶の大半は奪われてしまったが、こんな明るくなれるということはきっと風呂が好きなんだろう。自分の衣服くらい自分で脱げる。何回もやってもらっているが、やはり脱がされるのは抵抗がある。シャツはなんとか脱げたが、下半身は勘弁してくれ。ズボンに手を入れると、まだゴワゴワした紙おむつを履いているのを自覚した。パンツなら脱げるが紙おむつをどうやって外すんだ。そんな知識・知恵はない。観念した。忸怩たる思いで宇宙人に下半身を頼むことにした。
素っ裸になり、いやされたといってもいい。一緒に来た宇宙人は別の車椅子を引いてきた。風呂用があるみたいだ。俺はおぼつかない足取りで立ち上がり風呂用に手すりを掴まされ、乗り換えさせられた。ゴシゴシと洗えるものと思っていたが、シャボンのついたタオルで体を撫でるくらいで終わった。なんか中途半端な気分だ。シャボンを落としたと思ったら、車椅子と浴槽を宇宙人が繋げ、スイッチを押すと椅子が中に浮いた。少し上昇したら宇宙人が俺の両足と取り、湯船の中に入れた。浴槽の真上で車椅子が止まった。1メートルくらいか。はっきり言って怖い。このまま車椅子ごと風呂に入るのか。場末にある寂れた遊園地の乗り物でも、こんなものないぞ。
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