「連れ去られた男」第四話
あらすじ 見知らぬ宇宙人によって異星に連れ去られた地球人男性。
体力、若さ、記憶を奪われ施設に隔離されるも何とか抵抗や脱出を試みる。だがうまくいかず、ない記憶から自分とは何者なのかを自問自答する。その結果は…。
そうこう思考していたら、たくさんいるおじさんかおばさんか見分けが付かない人々と話したくなった。彼ら彼女らも俺のように地球から連れ去れたに違いない。要すれば同じ被害者であり仲間だ。そう思うと非常に興味が湧いてきた。俺はこう見えても人見知りなので見ず知らずの人に話しかけることなどほとんどない。でも今はそういう場合はない。少しでいいから勇気を振り絞ってみる。
不慣れな車椅子を操り、彼ら彼女らの一人に近寄った。「こんにちは」精一杯の勇気を奮い起こした。向こうも挨拶を返してくると思いきや返答は何もない。無視だ。これに俺はびっくりした。想定外だったからだ。すでにいっぱいいっぱいだったが最大限の力を出して「いい天気ですね」と続けた。でも何の変化もない。こいつは日本語が分からないのか。もしくは地球人ではないのか。俺はチッと舌打ちした。それが聞こえたのかそいつが耳に手を当ててモグモグと何か言っている。入れ歯が合わないのかフガフガしている。こいつ、いやこの方はご老人だったのか。俺は年配の方を敬う。鼻や口から息が漏れて、言っていることがわからないが俺と話そうという意思を感じられる。これだけで充分だ。今日、否、今のところは。言っていることは全く理解できないが、ご老人は俺に手を差し向けてきた。もちろんその手を取った。言わんとするところは解せないが、その目を見つめていると不覚にも俺の目から涙が出てきた。
目にしみる事柄だけではなく、鼻につく臭いも出てきた。出所は隣にいる老人だ。どうやら小便を漏らしたようだ。紙おむつをしているのか老人の履いている海老茶色のコール天のズボンから尿は滲みてこなかった。差し出した手は漏れそうなので、どうにかして欲しいという意味だったのだろう。どうしようもない野郎だ。おっと女かも知れない。この光景を見ていたのか、さっき俺が唾を吐きかけたあの華のない宇宙人がやってきて床に流れた尿をモップで拭き、小便垂れ野郎をどこかに連れて行った。処刑されるに違いない。銃殺か。生き埋めか。斬首か。火炙りか。電気椅子か。俺も粗相しただけで奴らに殺されるのか。そう思うと寒気を感じた。あの野郎を悼んで俺は手を合わせ般若心経を唱えた。
「羯諦 羯諦 波羅羯諦」にいく前に俺は肩を叩かれた。振り返るとあの華のない貧乏くさい宇宙人だった。俺に笑みを向けた。こいつは何が嬉しんだ。気色悪い奴だ。何かベラベラ喋っているが、聞き取れないので、全く分からない。何となく「もう心配しなくていい」と言っているのかと強引に理解し、右手の親指と人差し指をくっつけ丸を作り中指、薬指、小指を立てOKサインを出した。これが通じたのか、華のない奴は納得したような顔をして俺から離れて行った。
場所にも慣れない。他の連れ去られてきた人にも慣れない、当然宇宙人にも慣れない。そんな状態だから、まだ一日も経っていないので強いストレスに俺は晒されている。地球でいうと午後2時くらいの日差しだが、俺は横になりたくなった。近くにいる宇宙人に折り曲げた腕に頭を乗せて睡眠を取りたいことをアピールした。緑の服を着たそれまで見たことがない宇宙人が俺のところに寄ってきた。そして膝を折り曲げて視線を俺に合わせてきた。何か言っているのは分かるが、こいつの話していることも聞き取れない。今度は耳を澄ませて聞こうとするが、テープの早回しのような音声で一言も分からない。不機嫌な顔を俺はした。こいつもまた俺の手を取って上下に振り出した。またかと思いうんざりし、俺はその手を振り払った。殴ろうとしても車椅子に乗っているとパンチに力が伝わらない。簡単に避けられた。これは屈辱だ。そう思うと俺の頭に血が昇ってきた。「ふざけるな!」と俺は怒鳴った。緑の宇宙人は呆れ顔で俺を一瞥した。それがまた俺の感情を昂らせた。
どれくらい時間が過ぎたのか分からないが、チャイムが鳴った。宇宙人どもがワゴンを引いて何か持ってきた。おやつのようだ。ケーキか、饅頭かと胸をときめかせて来るのを待っていたら、なんとおやつもゼリーだった。オレンジ色の。何の嫌がらせか!ここでも怒り出しそうになったが食べ物の誘惑には勝てない。スプーンが見当たらないので手づかみで食べようとしたら、宇宙人のひとりが全力疾走でこちらに向かってきた。スプーンを辺りから探すやいなや俺のもとに来て「あーん」してくれと言わんばかりに口でその形を作った。
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