「連れ去られた男」第十話
あらすじ 見知らぬ宇宙人によって異星に連れ去られた地球人男性。
体力、若さ、記憶を奪われ施設に隔離されるも何とか抵抗や脱出を試みる。だがうまくいかず、ない記憶から自分とは何者なのかを自問自答する。その結果は…。
張り合いのない日々の中、今日は見知らぬ男が俺の前に立っている。赤や緑の宇宙服を着ていないので判別できた。その男は地球人のなりをしていた。白のポロシャツに黒のスラックスにスリッパを履いている。チグハグな身なりだ。歳は四十代後半から五十代くらいか。頭髪に所々に白いものがある。身長は宇宙人と比べると少し高い。その男は俺の両手を取った。なんでここにいる連中は俺の両手を取りたがるのだ。気味が悪い。それから膝を曲げて俺と視線を合わせた。何も言わずに俺の目を見つめた。見つめ続けた。そいつの目を見ると涙が溢れていた。何故だ。どうしてなんだ。俺がこいつに何かしたのか。顔全体を注視すると口元が動いている。言葉を発しているようだ。どんなことを言っているのか理解不能だ。雑音にしか聞こえない。だが、この施設にいる宇宙人とは違う内容を言っていることだけは分かった。
そいつは懲りずにまだ発言している。上唇と下唇を金魚みたいに動かしている。何を伝えたいのかと考えた。結論が出ない。仕方ないので真似して見ると「パパ」と発音しているようにも見える。まさかと思い再度真似てみる。やはり「パパ」と言っているようだ。驚きを隠せない。俺はこいつの父親なのか。こいつは俺の子供なのか。宇宙人に記憶を抜かれたのでどんな家族構成なのか想像もできない。会話が成立すれば、こいつからいろいろ聞きたい。叶わぬ願いなのは重々承知の上だ。
「お前は俺の息子なのか」とそいつに言い放った。顔をくしゃくしゃにして泣きながら洟をすすりながら、その男は何度も何度も頷きながら俺に近づき抱きしめた。その姿をみて恐怖を感じ「お前なんか知らない。誰なんだ。馴れ馴れしくするな」と言うが、抱きしめられているせいか小声でしか言えず、伝わっていない。
そいつの体の温もりと流れてくる涙が俺に伝わってくる。地球人同士の関わりにこういうことがあるのか。言葉だけではないようだ。会話できていないのにこの男にとって俺は特別な存在かも知れないと思えてくる。不思議だ。
泣きじゃくるその男を俺は、文字通り両手で突き放した。初対面なのに親だ子だと言われても困るだけだ。大した力ではないのにも関わらず、そいつはたじろぎ、すり足で二、三歩引き下がった。意外な発言だったのだろう。続け様に「帰れ。消え失せろ」俺は一音一音はっきりと話した。通じたかどうかは関係ない。自分自身の気持ちを偽りなく伝えただけだ。
俺が欲しいのは、これまで俺がどうやって生きてきたかということだ。過去と言っていいのかも知れない。でもどういう人と関わり、どういう集団に属し、どのようなものに影響されてきたか、何が好きか、何が嫌いか、そういった事柄を知りたいのだ。
そういうことを白いポロシャツの男に向かって絶叫した。顔に驚きと悲しみの色があった。その表情をまじまじと見ると申し訳ない気持ちになった。しかしこの感情を大目に見てもらいたい。俺は何も覚えていないのだ。お前が俺の子供だとしても、信じられる材料がないのだ。あれば差し出して欲しい。差し出したとしてもそれを信じるかどうかはあやふやだ。
白いポロシャツの男は肩を落として去っていった。何か悪いことを言って傷付けたのかも知れない。最近の俺はことの善悪の認識が曖昧なのだ。言い訳と言われても弁解できない。でも一言いいたい「ごめんなさい」。ここに来る前の俺、つまり地球にいた頃の俺は言いたいことも言わずに我慢していた可能性がある。
この施設に連れてこられてからは、善悪の判断や優しさとかいたわりという感情より、思ったらすぐに口に出るようになってきた。これは自分を押さえていないという点もあるが、人を不快にさせてしまう面がある。反省しようとしても、その反省すべきことさえも忘れてしまう。もしかしたら宇宙人の記憶を抜き取る頻度が高くなってきているのではなかろうか。記憶だけでなく体力や若さですら奴らは盗み取っている気がする。そうなると俺は生物体と言えるのか。考えるのはもう止めよう。疲れてきた。考えること、感じることにも馬力が要る。
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