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子供たちの未来の為にパーマカルチャー

     奈良市在住の定年退職教員で、やぶきひでおと申します。
     なお、見出し画は拙作の「ひつじ草」です。ひつじ草は睡
     蓮の原種との説があります。嘗てはよく見かけましたが、
     現在では稀少になっています。

参考文献のひとつ

 パーマカルチャーとは、パーマネント(永久の)とアグリカルチャー(農業)もしくはカルチャー(文化)を合わせた、提唱者ビル・モリソンの造語で、人間にとって持続可能な環境を創り出すための生活のデザイン、あるいはそのシステムの事です。
 本稿では、子供たちの未来の為に良好な生き方を考えます。
 アグリカルチャー(農業)の代わりに農林水産業を念頭に置きます。以下、農業という場合は農林水産業を指します。
 自然の中にある物と物との関係を知り、その関係に人間の生活を調和させていくという事は、日光、土、水、岩、木や森、動物や気候、地形といった自然を織り成す有形無形の要素との関係を損なう事なく利用していけるように人間の生活を見直し、設計し直す事で、自然に逆らうのではなく、自然に従っていこうというのがパーマカルチャーの基本的な考えです。
 つまり、人間の生活を自然の構造にできるだけ近い形にデザインし直す事によって、人間の生活を自然に融和させ、自然が備えている永続性を人間の生活も取り戻す事ができる、とパーマカルチャーは主張している訳です。
 基本的な考えはこのように要約できますが、パーマカルチャーの特徴は、現実的なデザインの描写にあります。すなわち、「植物や動物の固有の資質とその場所や、建造物の自然的特徴やを活かし、最小限の土地を活用して都市部にも田舎にも、生命を支えていけるシステムを創り出していく」ために、自然のシステムを観察し、昔からの農業のやり方に含まれている知恵を、そして現代の科学・技術を活かして家、村、街などをデザインしていこうというものです。そうしますと、経済的利便性は二の次になります。近代と現代は経済的利便性の追求に明け暮れました。そのために、気候変動など負の大きな要素が生じました。この負の要素を子供たちの未来に残してはならないでしょう。なお、「パーマカルチャー」でネット検索しますと興味深い情報が得られます。
 そのようなデザインに基づいて、地形や生物資源やを効果的に利用し、エネルギーの再利用によってエネルギー消費を減らしていく方法、地域に適した土地の使い方、建物の建て方、農業の方法、菜園の作り方などについて様々な提案がなされています。
 具体的には、ひとつの要素を使うとき、幾つかの異なった視点から分析して、多くの利用法を考える。例えば、防風林を作る場合、牛が食べる餌葉や豆殻となる木、焚きつけや薪になる木を選ぶ。一例として、アカシアの木を選べば、鳥の食べる実を提供するし、葉は家畜の餌にもなり、土壌中に窒素を固定し、花はミツバチに蜜を提供できる。このように、ひとつのものができるだけ多くの機能をもつように考えることが必要だという訳です。
 あるいはまた鶏を飼う場合にも、卵を産む、食用肉となる、羽毛を利用する、害虫を食べるなど、鶏のもつ要素を分析し、それにふさわしい効果的な利用法を考えることが必要だという訳です。
 このように、日常生活の中にある木や水や、家畜、エネルギー、建物などを自然との関係において考えることによって、忘れ去られていた、あるいはこれまで気がつかなかった可能性や機能性が明らかになり、これを利用することによって、より環境に負荷をかけない生活をデザインすることができると、パーマカルチャーでは考えられています。
 パーマカルチャーは、東西南北を問わず、すでに世界各地で実践されています。ただ、一般的には余り知られてはいないでしょうが。
 ビル・モリソンの運営するパーマカルチャー・インスティチュートなど、パーマカルチャー推進の中心となって活動しているところでは年に数回、コンサルタント養成のための講座が開かれ世界中から受講生が集まってきています。
 また、世界各地で経験を積んだコンサルタントたちが講師となりワークショップが開催されたり、定期的な講座が開かれています。ネパールなどでは発展途上国に対する支援の一環としてパーマカルチャーによる農園整備の指導も行われています。パーマカルチャーは宗教や文化の相違を超えて受け入れられていますが、その理由はパーマカルチャーが基本的に「成長する結晶」であることに依ると考えられています。
 原子の集まりが様々な法則により結び付けられて結晶となるように、ビル・モリソンが設定した原則により、様々な要素が結び付けられながら、自然の中に組み入れられた人間の生活というシステム=結晶が創られるという訳です。
 多種多様な要素で有機的に構成されたシステムが「環境と共生する」機能と「永続する」性質をもつ訳です。ですから、世界のどこにおいてもパーマカルチャーの実践は可能ということになります。
 エネルギーの利用を最小限にし、資源の無駄使いを無くすために、例えば、石油を消費する大型トラクターの代わりに、ゴミの減量にも協力してくれる牛を使い土を耕し、同時に有機肥料の撒布まで行うことができる。窒素肥料を使う代わりに緑肥やマメ科の木を使う。芝刈り機を使わないで、草食のアヒルや背の低いハーブを使う。台所の生ゴミを堆肥に使う。風や太陽光を電気エネルギーに転換する、家の構造や材質などに自然の要素を取り入れる、などアイディアは様々です。実践する人の創意と工夫によって、新しい結晶が次々と生み出されていく、と考えられています。
 日本でのパーマカルチャーの可能性の高い理由は二つあります。ひとつは「日本には既にパーマカルチャーがある」という事、もうひとつは「都市が病んでいる」という事であります。
 日本の伝統的集落は「地域社会と地域住民の生活と生存を支えるために、土地や環境を活用する事によって形成されたものであり、生活空間の結晶体である」と考えられます。パーマカルチャーでは土地を有効に利用するために、目的、用途に合わせたゾーンを設定する事が基本になっていますが、日本ではゾーンによる土地の区分けが、個人レベルだけではなく集落レベルで行われ、居住地域、生産地域、保全地域が自然の地形や気象に合わせて巧みに配置されていました。このシステムを発展させる事によってパーマカルチャーも成長していくと考えられます。
 二つ目には都市の問題があります。かつてビル・モリソンは過剰な放牧によって緑が失われた土地を6年間で実り豊かな森に変身させ、「世界中をジャングルに変える」と言っていました。彼の故郷タスマニアの原生林の9割が既に伐採されているという事がその言葉の背景にあったのでありましょうが、人間による開発によって病んだ土地をパーマカルチャーによって癒すという強い意志が感じられる言葉であります。
 人間の営みによって森を失った場所は病みます。土壌流失や砂漠化が進んで土地は生産性を失い、浄化されなくなった水や空気は汚染されたままになり、人間は健康を損ない、そして何よりも、自然とのつながりを失う事により文化を維持できなくなる、と考えられます。
 現在、日本では幾つかの都市がそういう状態にあるのでしょう。
 日本の都市では、建物の屋上を緑化したり、共生型住宅が造られるなど、都市に緑を取り戻そうという試みが為されていますが、それらは断片的であり、計画的な都市再生の試みではありません。また、都市に住む人々が自分たちの生活を基点としてライフスタイルを捉えなおすところまで到っていない事において、根本的な変革に到る事はないと考えられます。
 今、必要なのは、都市における生態系の修復を行う事であります。パーマカルチャーの原則は、「自分の生活を自分でつくる事」、そしてその生活が「自然に優しい事」、「人間に優しい事」、そして「余剰物を分かち合う事」であります。この原則は都市においても不変で、都市に住みながら実践する事も可能であります。現在、組織されつつある「パーマカルチャー・ネットワーク」の参加者の9割以上が都市の住民であるという事からも分かりますように、パーマカルチャーへの関心は農村よりも都市で高いとみられます。この事実は都市生活の改革の必要性を多くの人々が意識しつつある事を示しているように思われます。比較的小さな地方自治体においても町づくりにパーマカルチャーという考えを取り入れようという動きも出てきています。
 パーマカルチャーは、お仕着せのマニュアルとして世界を型にはめるのではなく、世界各地で実践していく事によって自ら成長していくと考えられています。したがって、どんな環境にも適応可能で、実践者の創造力と参加の意識を基礎としているため、特定の枠組みを必要とせずに広がっていく事が可能だと考えられています。
 地球規模の環境問題が、リサイクル運動や緑化運動などの、個々の問題解決志向では解決しない事は明らかだと思います。こんな事を考えている時に、パーマカルチャーというキーワードに出会いました。個人個人が自分の生活を見つめ直し、自分の生活の中から自然と調和した生き方を自分なりの方法で創造していく事によって、環境と共生する人間社会の実現が可能となるのではないか、と考えました。勿論、環境破壊がここまで進んだ状況では、この考えは楽天的にすぎます。だが、出発点が自分の生活を見つめ直す事にあることは言うをまたないとも考えられます。
 さて、私が私自身の生活を見つめ直せば、パーマカルチャーの推進に役立つところがあるでしょうか。これは、なかなかの問題であります。他の人よりエネルギー消費量は少ないかもしれません。だが、私個人の生活全体としてはどうか、即答はできません。しかしながら、子供たちが未来において環境汚染に晒されず、大地に根差した生活を出来ることを切に願っています。その為の努力を惜しみません。ひとつに、かつて行っていたように家庭菜園を再び始めます。勿論、有機栽培です。
 以下、パーマカルチャーと大いなる関係がある話題を記します。
 ▲定期的に時々読む本に『地球白書』があります。この本は地球の未来への警告を発するために様々な分野における資料を収めています。そのひとつを抜粋します。
 「化学物質使用量を減らして農地汚染を抑えることは、農地の生物多様性保護の基本である。イギリス土壌協会の報告によると、有機栽培農地では次のことが判明した。
 ・それぞれの種の個体数の多さと種の多様性はかなり高いレベルにあり、野生植物や希少種や減少種も五倍であった。
 ・農地の周辺の鳥類は二五%多く、秋から冬にかけての農地内の鳥類は四四%多い。
 ・鳥類が食べる虫の数は一.六倍。
 ・害虫ではない蝶の数は三倍。
 ・クモの数は一~五倍。
 ・ミミズを含め、土壌中の生物は著しく増加。」
 化学物質を使わない有機栽培で、特に興味深かったのは、緑肥(マメ科作物を土にすき込む)が使われると、生物多様性にとって有利な状態になる、ということであります。そう言えば、蓮華もマメ科の植物ではなかったでしょうか。蓮華畑が田圃に変わることによって稲作が営まれ、水田には様々な水生動植物が活動していました。近頃は蓮華畑を見る機会が随分と少なくなりました。寂しい気がします。
 ▲地球は確かに「水の惑星」ですが、その99.9%は人間が飲めない水です。わずか0.1%だけが人間がすぐに使える水なのです。
 また空気中の二酸化炭素は現在0.35%ですが、これがもう0.1%増すと地球の気候変動は大変なことになります。
 0.1%の水も0.1%の二酸化炭素も森や山の状態に左右されています。人類が今世紀に、またそれ以降にも、持続可能な発展を遂げようとするならば、森や山とどう共生するかが欠かせないテーマです。
 木々の葉の力の、その偉大さに改めて驚かされます。サクラでもスギでもカツラでも、あの葉で水と二酸化炭素(と土壌)から太陽エネルギーの助けで太い幹を創ったのです。液体と気体から、あの葉で固体を合成したのですから、殆ど無から有を生じさせたようなものです。しかも、人間が物を製造すると、常に処理に困る廃棄物がつきまとうのに、葉は炭水化物を造る時に酸素を排出するだけです。そして当然、人間はその酸素がないと生きることができません。
 水と二酸化炭素に関する0.1%という数値は、この上なく貴重な地球の存在の重みを象徴的に表しています。そして0.1%という数値と森の営みとには切っても切れない重要な関係があります。木の葉の低力と価値には今更ながら驚かされます。私どもは、森や山からの目に見えない恩恵を普段からもっと心に留めなければならないと思うのです。
 ▲日本の植物絶滅速度は世界の2~3倍と言われています。正確を期すために長文です。「ナショナルジオグラフィック ニュース」June 19, 2014 より。
 日本列島の植物の保全は急務である。そのことを知らせる研究が報告された。日本で維管束植物(シダ、裸子、被子植物)の減少傾向が現状のまま続くとした場合、100年後までに370~561種の絶滅が起こる可能性があることを、国立環境研究所の角谷拓(かどやたく)主任研究員と九州大学大学院理学研究院の矢原徹一(やはらてつかず)教授らが示した。
 植物1618種の絶滅リスクを分析した結果で、その絶滅速度は世界全体の維管束植物で推定されている値の2~3倍にも相当する。国立・国定公園の区域内と外で個体数の減少傾向を比較したところ、公園内では減少傾向が最大で60%程度改善されていることも確かめた。絶滅危機を警告する定量的な分析として注目される。
 国立環境研究所、日本自然保護協会、徳島県立博物館、神奈川県立生命の星・地球博物館、神戸大学、岐阜大学、愛知教育大学、北海道大学、熊本大学、人間環境大学、横浜国立大学、琉球大学、東北大学、九州大学の植物学者を総動員した共同研究で、6月12日付の米オンライン科学誌「PLOS ONE」に発表した。
 動物に比べて植物の調査は遅れがちだ。日本植物分類学会と環境省は、市民も含む調査員約500名の協力で、1994~95年と2003~04年に、維管束植物の個体数分布全国調査を実施した。全国を10キロ×10キロの調査区(4473区)ごとに、調査員が絶滅危惧維管束植物種の個体数を記録した。10年間を挟んだこの2回の調査で、個体数の記録が得られたのは1618種に上った。研究グループは今回、この結果を基に、国内1618種の絶滅リスクを定量的に分析した。全国規模で植物の定量的な絶滅リスクを分析したのは世界で初めての試みという。
 絶滅リスクを見る際、2つの情報を利用した。ひとつは第2回調査時(2003~04年)の個体数(現存個体数)、もうひとつは2回の調査の間での個体数増減(10年あたりの個体数変化率)。個体数変化の平均的傾向が今後も変わらないと仮定して、将来10年ごとの個体数は、現存個体数に個体数変化率を繰り返し乗じて算定した。この計算をすべての種、すべての調査区で行い、種ごとに絶滅リスクを推計した。
 解析の結果、100年後には370~561種の絶滅が起こると推定された。国立・国定公園に含まれる調査区では個体数の減少防止確率が、公園外を0とした場合に、第一種特別地域で0.22、特別保護地区で0.62となっていた。多くの植物の絶滅を回避するためには、保護区の一層の拡充が求められることがはっきりした。
 ただ、保護区の面積を増やすだけでは、絶滅リスクの低減の効果は限定的なこともわかった。国立・国定公園内で個体数減少が続く要因は、踏みつけや採集が主で、保護区を設置しても影響が軽減されないか、悪化する傾向さえみられた。日本全体では、開発が植物絶滅危機の最大の要因だった。
 研究グループの矢原九州大教授は「全国規模の定量的な植物絶滅リスクの分析は世界で初めてで、国際的に誇れる研究だが、日本の植物の絶滅危機は深刻であることがよりはっきりした。生物の保全効果を上げるためには、それぞれの保護区で、個体数を減少させている要因に応じて、きめ細かい管理が望まれる。将来予測を高めるには、個体数分布を把握する広域調査を継続的に実施する必要がある」と提言しています。
 ▲1950~60年代にドジョウやメダカ、ホタルなどがどんどん姿を消した。しかし、社会の関心は、人の命に直接かかわる水俣病などに向かった。それは当然のことでありました。何故なら、環境問題の観点から農薬を問題視する風潮はなかったからであります。曲がった手や足のしびれや不自由な身体活動を目の当たりにして、有機水銀中毒症の悪弊を糾弾するのは当然であったからであります。私も激しい憤慨を覚えたものでありました。ありました、ではなく、現在も、腹立たしいことに。
 この目の当たりに出来る悪弊とは別に、奇跡の物質DDTの殺虫効果は第二次大戦が始まった1939年、スイスの化学者によって発見され、直ぐに戦争に使われ、戦場でのマラリア退治に威力を発揮しました。戦後、それが農薬になりました。これで害虫との闘いに勝てると多くの人が思いました。
 「違う。それどころか、DDTは鳥や益虫を殺し、さらに人の命まで脅かす恐ろしい毒物ではないのか」とレイチェル・カーソンは『沈黙の春』(1958年、出版は1962年。出版を農業団体などの業界が懸念したが、見かねた J.F.ケネディが出版に尽力したというエピソードがあります。)で書いた。
 『沈黙の春』は20ヵ国語以上に翻訳され、環境問題の深刻さを伝えました。70年に『沈黙の春』が取り上げた残留性の高い有機塩素系農薬や、急性毒性の高い有機リン剤のほとんどは使用禁止になりました。日本でも70年代に事実上相次いで禁止されました。しかし、汚染は南極や北極にまで広がり、農薬が残留しやすいイルカやクジラからは、おそらく500年経っても消えないと言われています。メダカからクジラまで農薬の汚染は拡散したのだ。メダカは現在、絶滅危惧種に指定されています。 
 以上の事どもを許してきた人間の心まで汚染されてきたのではないか。今なお、別の農薬の使用は留まるところを知らないのだから。
 ▲「森は海の恋人」
 魚つき林という言葉が注目されているそうです。海岸部に存在する森林ばかりでなく、生態系としての森と海のつながりという観点から森林の機能が再認識され、河川上流部の森林も広い意味で魚つき林と言われています。宮城県の「牡蠣の森を慕う会」の活動(漁民を中心とした人々が河川の上流域に植林をする活動)など、森と海のつながりを取り戻そうとする運動が、「森は海の恋人」を合言葉に各地で展開されています。
 海の生態系に好影響をもたらす森林の機能としては、(1)土砂の流出を防止して、河川水の汚濁化を防ぐ、(2)清澄な淡水を供給する、(3)栄養物質、餌料を河川・海洋の生物に提供する、等があります。
 私はだいぶん前に「サクラエビ」と題して報告したことがあります。
 静岡県の富士川河川敷には、毎年春になると、富士山を背景にピンクの絨毯が広がります。駿河湾で漁獲されたサクラエビを天日干しにしているのです。写真で見るだけなのですが、見事だという他はありません。
 体長4、5センチの海老で、干したものがせんべいやかき揚げなど様々な加工品に利用されるほか、生食もされます。カルシウムやリンを他の海老より比較にならないほど多く含む栄養価の高い海老であります。
 このサクラエビが、昭和初期に激減して、環境問題に発展したことがあります。生態が分かっておらず、対策の手立てがなかった。困った漁民たちは生物学者中沢毅一に支援を求めた。中沢は私財をなげうって「駿河湾水産生物研究所」を創立し、研究を開始しました。
 中沢は、富士川河口の沖にサクラエビの産卵場があると考え、生まれた子エビの成長には、河川から流れてきた有機物が直接かかわり、狭い海域で大量のエビが成長できるのは、殻を形成するカルシウムを笛吹川とその流域の森林の石灰岩盤が供給していると考えました。
 中沢の研究成果は地元ぐるみの実践運動につながりました。まず、貴重種サクラエビを天然記念物に指定するための意見書を作成し、同時に富士川の環境保全運動にも尽力しました。また。当時設立された製紙工場が大井川に廃水を垂れ流していたが、中沢は漁民と共に排水停止の交渉にもあたりました。中沢らの運動は、環境保全運動の先駆けとしても記憶されるに至っています。
 まさに「森は海の恋人」「魚つき林」を実践した先駆けだと言ってよい。海と森林は生態系として繋がっているのです。
 ▲もう一点。 山や森林を歩くと、予想していたより疲れません。
 昔の『科学朝日』に「森林が発散する未知の活力素」に関する記事がありました。
 山や森林では馥郁たる香りに包まれます。その香りを吸うと、それだけで生き返ったような気持ちになります。この芳香は、樹木が発散する活力素のためではないか、と言われています。テルペン物質(芳香性炭化水素)のことを言うらしい。
 樹木が発散するテルペン物質が大気中にただようと、太陽の光を散乱させ、「青」が強調されます。遠い山が青く見えるのはこのためだそうです。
 ドイツには森林療法が昔からあります。森の中のバンガローで暮らし、毎日、森の空気を吸って心を落ち着かせるというだけのことですが、これも活力素の効用でしょう。
 テルペン物質の研究はまだまだだそうで、未知の部分が多いそうです。しかし、この芳香が気道のはたらきに良い影響を与えるという実験結果があるそうです。こういう研究はもっと進めてほしく思います。
 そして、山や森林が炭酸ガスを吸ってくれて温暖化をくいとめてくれることは周知のところであります。加えて、活力素。山や森林には命の糧があふれているのです。私たちは、これまで以上に森林と馴染み深くなりましょう。パーマカルチャー実現の鍵ではないでしょうか。(了とします。)

パーマカルチャー (ビル・モリソン/レニー・ミア・スレイ著 農文協刊)|書評|カルチャー|e4
 

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