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岡山の巨石・磐座

皆さん、こんにちは!
今回は、岡山の巨石・磐座をご紹介します。

岐阜の巨石・磐座(その1)でもご紹介しましたが、岡山県は○○富士が多いところ、すなわちピラミッド型の山が多く、従って巨石が多いところと言うわけです。

全国各地の○○富士を調べてみると岡山県がトップであることが分かりました。そして岡山には巨石群も数多く 存在します。

”磐座の森”序文から抜粋 泰山の古代遺跡探訪記
iwakura


 当時は、便利な地図などなかったのですが、今は、本当に便利になりました。下の図は、誰もが磐座を訪問できるようにと作られた磐座マップです。
この地図でお判りいただけると思うのですが、岡山県では、巨石・磐座は全体的に分布していますが、南側に濃く、北側は薄く分布している傾向にあります。しかも、数も多く、規模も大きい。
 岡山で、著名な巨石・磐座としては、矢喰神社、石畳神社、楯築遺跡、鉾立遺跡、吉備高島ノ宮、岩倉神社、などがあります。

https://pcyamaiwa.ikaduchi.com/index.html

とにかく、膨大な数の巨石・磐座があります。岡山には、2011年の5月に行ったのですが、このnoteには、その時の写真をご紹介します。

阿智神社の磐座(倉敷市)


観光地として有名な、倉敷市の美観地区です。この地区の北東側に有名な磐座がある阿智神社があります。

白壁の町を抜け、上の鳥居を登ると阿智神社があります。

阿智神社の杜にある磐座
原始庭園の通称や日本庭園の祖型と呼ぶ人もいる。

阿智神社の杜には、上の写真以外にも、さほど大きくはないが、磐座や磐境(いわさか)が多数点在しています。(下図)

阿智神社案内図

石畳神社(総社市)

 石畳(いわだたみ)神社は岡山県総社市にあります。高梁川沿いにそびえ立つ神社(高さ55~60m)。神殿を設けず磐石を神の御室とされています。
 万葉集に「石畳さかしき山と知りながら我は恋しく友ならなくに・・・」と詠われているとのこと。
 暴れ川として知られていた高梁川は、洪水の被害が大きく、石畳神社は川の氾濫を鎮めるため祭祀されたものと思われます。

この鳥居をくぐり山道を30mほど登ると石畳神社に到着します。
自然石で積み上げられた石畳神社 赤い小さな鳥居があります。
御神体から見た高梁川と豪渓秦橋

矢喰天神社 桃太郎伝説が残る神社

 同じく、総社市にある「矢喰神社(矢喰宮)の矢喰岩(やぐいいわ)」は、岡山総社IC出入り口から車で1分の小さな神社です。御祭神は吉備津彦命で、後に天満宮を合祀したので、矢喰天満宮とも呼ばれています。

矢喰の岩

 吉備津神社と鬼ノ城のちょうど中間地点にあり、吉備津彦命の矢と鬼(温羅)の投げた巨岩がぶつかって落ちたという伝説が残る神社。境内にある巨大な花崗岩の岩は、その時鬼(温羅)が投げ飛ばした岩で、そのそばに生えていた竹は吉備津彦命の射た矢が根付いたものと言われています。

岡山公式観光情報より引用
温羅と呼ばれた鬼と吉備津彦命が戦った際に、温羅が投げた巨石に
吉備津彦命が射た矢が突き刺さり、落ちた場所という言い伝えがあります。
境内には、大小4つの矢喰岩という巨石が点在しています。
岡山総社ICより車で1分

倉敷市 楯築遺跡(楯築弥生墳丘墓)

弥生時代後期、各地に大きな墳丘墓が築かれはじめました。その先駆けとなった墳丘墓が、吉備のクニの王が眠っているとされる楯築墳丘墓です。

岡山県倉敷市矢部にある「楯築遺跡(たてつきいせき)」は、弥生時代後期(二世紀ごろ)に造られたとみられる日本最大の大きな墳丘墓です。
円丘部は径約50m、高さ5m。墳丘頂部には5個の巨石が立っており、墳丘斜面には円礫帯がめぐっています。

岡山スタイルより引用

 温羅伝説では、大吉備津彦命がここに石楯を築いて、鬼ノ城の温羅に対峙したと言われており、伝説の地となっています。
楯築遺跡の墳丘墓の上にはストーンサークルがあり、中央には楯築神社跡の小さなお社が祀られています。

楯築遺跡(楯築弥生墳丘墓) | ITプラン・ツーリズム・センター | 岡山の体験型・着地型・産業観光に特化した旅行会社
ストーンサークルは、温羅伝説上で吉備津彦命が温羅の矢を防ぐために築いた楯とされています。
サークルを構成する列石
8個の列石が渦巻き状に並んでいる。
墳丘復元想定図 倉敷市教育委員会(山陽新聞社提供)

楯築遺跡は、墳丘墓であり、日本最大のストーンサークルと言われていますが、発掘時に色々問題があったようです。下記の分析結果をご覧ください。
楯築遺跡 楯築弥生墳丘墓分析 所在地岡山県倉敷市

楯築遺跡の位置
倉敷ICから足守川沿いの県道389号経由8km15分の倉敷市矢部にあります。

岡山県倉敷市矢部

岩倉神社

桃太郎伝説が残る倉敷市のはずれに位置する田舎の神社。田園風景の中、突然現れます。楯築遺跡の直ぐ南側に位置します。神社境内には、大きな巨石がごろごろとあります。

古代吉備の国に属します。「吉備津彦の命」(きびつひこのみこと)に関連した「大稲船の命」(おおいなふねのみこと)を祭る神社です。
「大稲船の命」は「吉備津彦の命」「温羅」退治の折、軍糧として稲穂を当地で献上、時代を経て第十六代仁徳天皇の御代(313年〜399年)にその功により命を賜り、吉備津宮の五社殿を創建した時、この地に岩倉神社として社殿が創建されたと伝わっています。

岩倉神社HPより 岩倉神社【公式サイト】
子供たちの遊び場にもなっています。
岩倉神社 楯築神社の真南にあります。

岡山県の本当に僅かの巨石のご紹介でした。最後までお付き合いいただき有難うございます。


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