No. 11 だし巻き卵
ごくふつうの、けれど深い場所の話
幸せであることは知っている
それでも、奥底に沈んでいるものが
ある日、ふいに水面まで浮かんでくる
麻子 書道家 40代
その小学校に通い始めて、もう十年になる。
週に一度、小学校のトワイライトクラスで書道を教えている。希望者だけが来るから、人数は毎回違う。多い日もあれば、三人だけのこともある。でも誰が来ても、筆を持つ前の子供の顔はいつも同じで、麻子はその顔が好きだった。
十年通う間に、子供たちから色々なことを教わった。近所の公園の滑り台が新しくなったこと。校庭の桜の木が一本枯れたこと。給食のメニューが変わったこと。子供の話は時々、あとでお母さんに聞くと内容が少し違っていたりする。でも、だし巻き卵屋さんの話だけは、どの子も、どの学年も、みんな同じだった。
学校の近くにある小さなお店。とにかく美味しいらしい。一度食べたら忘れられないらしい。
「先生、絶対行った方がいいよ」
と、何人もの子供に言われた。何年にもわたって、言われ続けた。
* * *
でも、行けなかった。
書道教室が終わる時間には、もう店じまいしているだろうと思っていた。駅とは反対方向で、歩けば十分かかる。車で行こうにも、細い道に停めるところがなさそうだった。そういう理由が重なって、十年の間、一度も寄ったことがなかった。
行けない理由は全部本当のことだった。でも、どこかで、行かない理由にしていた部分もあったかもしれない。子供たちが言うほど美味しかったら、どうしよう、という気持ちが、少しあった。美味しかったら、もっと早く来ればよかった、と思う気がして。
* * *
今年の三月、六年生が卒業したあとの片付けで、いつもとは違う時間帯に学校へ行った。
卒業式のあとの小学校は、どこか空気感が違う。人が減って、廊下が広くなったような気がする。静かで、少し寂しかった。片付けをしながら、今年卒業した子たちの顔を思い出した。六年生になった頃には、もう筆の持ち方がすっかり様になっていた子。三年生のとき泣きながら書いた子。どの子のことも、色々な出来事が昨日のように思い出せる。あの子たちも、だし巻き卵屋さんのことを教えてくれた。
片付けが終わって、外に出た。三月の夕方、まだ少し明るかった。
ふと、思った。今日は時間がある。
* * *
細い道を歩いていくと、すぐわかった。
特に大きな看板があるわけではない。でも、温かい光が窓から漏れていて、引き戸の前に立った瞬間、ここだ、と思った。高級なお寿司屋さんのような構えでもなく、ただ小さくて、こぢんまりとした、昔からそこにあるような店だった。
だし巻き卵をひとつ、持ち帰りで買った。
家に帰って、包みを開けた。まだ温かかった。お箸でそっと崩すと、中からふわりと湯気が立った。黄色が、思ったより淡かった。
一口食べて、麻子は少しの間、動けなかった。
出汁の味が、最初にくる。主張はしていない、でもちゃんとある。じんわりと、口の中に広がっていく感じ。卵はふんわりしていて、でも水っぽくない。しっかりしているのに、軽い。噛むたびに、また出汁が出てくる。
美味しい、という言葉が追いつかなかった。
懐かしかった。どこかで食べたことがある味、でも、どこで食べたのか思い出せない。お母さんが作ってくれたものとも、少し違う。でも、お母さんの台所の、あの夕方の空気に似ていた。醤油の匂いと、出汁の匂いと、もうすぐご飯だよという声。そういうものが、ひとくちの中に入っていた。
体が先に知っていて、頭がまだ追いついていない。そういう味だった。
* * *
子供たちは正しかった。
十年前の子も、五年前の子も、去年の子も。あの子たちがあんなに言い続けたのは、本当のことだったから、当たり前だ。
もっと早く来ればよかった、と思うかと思ったけれど、不思議とそう思わなかった。
今日来られた。それだけ。
食べ終わって、お茶を飲みながら、麻子は来年また教室が始まることを思った。新しい子供たちが来て、筆を持って、また同じようにだし巻き卵屋さんのことを教えてくれるかもしれない。そのとき麻子は、今度は少し違う顔で聞けるだろう。
うん、知ってる。美味しいよね、と。

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