大化の改新──中大兄皇子は何を制度として形にしようとしたのか
中大兄皇子を乙巳の変の勝者として見るだけでは、大化の改新の意味は見えにくい。政変後に王権主導の政治を制度へ進めようとした課題から読むと、改革の狙いと難しさが見えてくる。
大化の改新を考えるとき、中大兄皇子は乙巳の変で蘇我入鹿を倒した人物として語られやすい。
たしかに、政変を動かした中心人物であることは大きい。だが、それだけで見ると、大化の改新における中大兄皇子の役割は浅くなってしまう。
大事なのは、倒したあとに何を作ろうとしたのかである。
中大兄皇子にとって、乙巳の変は終点ではなかった。蘇我氏に偏った政治を崩したあと、王権の側から政治をどう組み直すのかが問われた。
この視点で読むと、中大兄皇子は単なる政変の勝者ではない。王権再編へ向けて、政治の仕組みそのものへ踏み込もうとした人物として見えてくる。
中大兄皇子は政変のあとに何を見ていたのか
乙巳の変によって、蘇我入鹿は倒された。
しかし、中大兄皇子の前にあった問題はそこで終わらない。蘇我氏の強い影響力を抑えたあと、王権の側は新しい政治の形を示さなければならなかった。
乙巳の変は、政治の主導権を動かした出来事だった。
けれども、主導権を動かしただけでは、国を治める仕組みは整わない。誰が政治を決めるのか。土地や人々をどう把握するのか。豪族の力をどう位置づけるのか。そこには、すぐに向き合うべき課題が残っていた。
中大兄皇子は、その問いの前に立っていた。
政変の勢いを一時の勝利で終わらせず、王権の側が国をまとめる仕組みへ進める必要があった。だから彼の視点から見る大化の改新は、勝ったあとの後始末ではない。新しい政治を作るための政治改革として見えてくる。
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