北条泰時
承久の乱が終わったあと、鎌倉は勝者として立ったが、国の中はすぐに整わなかった。院方の所領処理、御家人への恩賞、相続の争い、訴訟の山が一気に噴き出す。武士の世は広がったのに、裁く基準はまだ揺れていた。そこで北条泰時は、合議の仕組みを動かし、武家が守るべきルールを言葉にしていく。御成敗式目は理想論ではなく、現場の混乱を止めるための実務だった。
北条泰時 〜承久の砂塵、式目の光〜
北条泰時の軌跡──伊豆の嫡男、執権へ
東海道を駆ける──承久の乱の入京
合議の座が動く──連署と評定の始動
武家の法が生まれる──御成敗式目
京と鎌倉の間──公武の均衡を測る
ひとつ上のまとめ:源平・鎌倉時代
