「うちの子、遅い?」保育士パパの"成長の物差し"

記事を見つけてくださり、本当にありがとうございます😊
他の子と比べてしまうことありませんか?
その度に、イライラや苦しさが胸に残る。
それでも、比べずにはいられない。
この記事では、10年の保育士経験と子育てを経て得た経験から、そんな比較をしてしまうことで起こる、
💡苦しさの「正体」を明らかにしていきます。
よかったらコーヒーでも飲みながら読んでいって下さい✨

他人の子と比べてしまうということは…
ある日、公園で、4歳の女の子3人が大縄跳びをしていました。そこへもう一人男の子が走ってきて「おれもいれて!」と言ってきました。
女の子3人のうち1人がニヤッと笑いながら、
「だめだよー!さいしょからはいっていなかったひとは、はいれませーん。」といいました。
走ってきた男の子は「いいじゃん、いれてよ。」と食い下がりますが、女の子3人は無視をして大縄跳びを続けていました。
男の子は、涙目になりながらその大縄跳びを見ていました。

その後、僕は男の子に話しかけて泥団子作りに誘い、一緒に遊びました。

この話を聞いて、主に2パターンの解決方法が考えられると思います。
1.女の子に「入れてあげなよ!」と言って、大人が介入してみんなで遊ぶ。
2.男の子を別の遊びに誘う。
もちろん正解はありません。
僕は今回2を選びました。
4歳の発達には、“自我の成長”と“未熟な感情コントロール”のせめぎ合いがあります。女の子たちは自分たちで作った大縄跳びの遊びを他の子に壊されたくなかったという思いがあったのです。

今回の例で、他の子と比較していたらどうでしょうか?他の子は仲間に入れている子もいるから、一緒にやりなよ!友だちでしょ!となることも考えられます。
「まったく、うちの子は仲間に入れてあげられないなんて。」
その大人の思いが通らなかったら、イライラや苦しさが残ります。

比較は、悪じゃない。ただ「材料不足」なだけ
この場面を、少し視点を変えて考えてみました。

「比較」とは何でしょうか。
📌僕は、自分の判断に確信を持つための行為だと思います。
服を買うとき、複数の服を比べますよね。
どれが似合うかな?どのサイズが合うかな?って。
それは優柔不断なのではなく、「これで正しい」と納得するための材料を集めているからです。
子育ても、まったく同じ構造だと思います。
自分の子どもを見ているだけでは、「これは普通なのか、遅いのか、早いのか」が判断できない。
サンプルが少なすぎるから、他の子と比べることで確かめようとする。
📌つまり、比較してしまうのは、判断の材料が足りないサインです。
では、判断の材料はどのように増やしたらいいのでしょうか?
保育士が最初に手にしていたもの
保育士の仕事をしていると、必ず手にするものがあります。
「発達の目安」です。
0歳ならこの時期に首がすわる。 1歳半ならこれくらいの語彙が出始める。 2歳では平行遊びをするようになる。
発達を知っていると、今の姿に「文脈」が見えるからです。
できないことが「遅れ」ではなく「今の場所」に見える。
他の子との違いが「差」ではなく「個性の現れ方の違い」に見える。
ただ、発達の知識は、子どもを評価するためのものじゃない。
📌「今のこの子」を正しく見るための物差しです。
物差しがあれば、むやみに比べなくていい。
必要があって比べても、怖くなくなる。
物差しを持つと、何が変わるか
今の時代は発達の目安は、ネットにも大量に出ていますし、専門書でなくても大丈夫です。
かかりつけの小児科でもらう成長の冊子、自治体の健診で配られるリーフレット。
そういったものでも十分です。「今この子は、どのあたりにいるんだろう」という視点で、一度眺めてみてください。

「だいたいこのくらい」という感覚が、少しあるだけで全然違います。
あのざわざわが、すこしだけ静かになります。
比べる自分を、責めなくていい。
比べてしまうのは、判断の材料が足りていないから。 発達を知ることで、その材料が少しずつ手に入る。 材料が増えると、「今のこの子」がちゃんと見えてくる。
夜にひとりで「大丈夫かな」と思ってしまう親ほど、実はいちばん子どものことを見ています。

その目に、少しだけ物差しを足してみませんか。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました😊
次回はそんな発達の視点から、実際に「親ができること」について記事にしたいと思います✨
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読んで頂きありがとうございました😌
