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見てよかったけれど、オススメは出来ない。映画『廃用身』

映画になることを聞いて驚いた作品、『廃用身』。母から勧められて単行本を読んだのは20年近く前だと思う。戦慄しながらも妙な希望?のようなものも感じながら読んだのを覚えています。(希望という表現は不適だと思いますが、敢えて。)
とはいえ内容の詳細に関しての記憶はおぼろげで、「原作はどうだっけ?」という気持ちが残ってるのですが。
私自身は見てよかったと思ってるからnote記事を書いていますが、はっきり言って無理な人が多い映画だと思います。

廃用身

キャスト

染谷将太
北村有起哉
六平直政
瀧内公美
ほか

ストーリー

異人坂クリニックというデイケアで、〈画期的な治療〉が行われているらしい。医療系会報誌の記事に興味をいだいた編集者の矢倉俊太郎(北村有起哉)は、取材を受けた南かず子に会いに行く。麻痺した左腕を切断したかず子は、憑き物が取れたみたいだと微笑みながら、同じような患者が何人もいると教えてくれた。
矢倉は早速、異人坂クリニック院長の漆原糺(染谷将太)と面会した。かつて外科医として働き、海外で研究員をしていた漆原は、まだ35歳。クリニックで日々お年寄りや家族と接するうちに、老年期医療の可能性を感じるようになったという。「年だから治らない」と切り捨てるのではなく、お年寄りの満足を追求しつつ、介護する家族や看護師たちの負担を減らす秘策があると熱心に語りだした。それがかず子が受けた「廃用身」の切除だった。

パンフレットから序盤を抜粋

「廃用身」とは

【廃用身】(はいよう−しん)(名)
麻痺などにより、回復見込みがない手足のこと

注)「廃用身」は、今作中でのみ使われる(筆者による)造語です。

以降ネタバレ含みます
#ネタバレ

弥三郎の感想

自分は漆原側の人間だと思う

私は「Aケア」(廃用身の切断処置)に関して、検討の価値があると考えています。とはいえ、患者自身やその周囲を踏まえて判断するべきで、向く人と向かない人がいるという意見です。
たとえば歯の治療の際にどんな術式を選択するのか、で判断が分かれるのと近いと思います。

私は仕事で寝たきりや四肢麻痺の症状の方を現実に見ています。自分自身が患者の立場になったことはないから、その辛さはあくまで想像の範囲でしか理解できませんが、その辛さは決して簡単に語れるようなものではないことだけは理解しています。
口に出して「辛い、辛い」という人もいれば、それを口にしない人もいます。自分自身がそうなった場合、どうするのでしょうか。性格自認ではきっとあまり言わない(というより言えない)タイプだと思っていますが、こればかりは経験していないから分かりません。

果たして自分の四肢が「廃用身」となった場合、私は「Aケア」を」選択するのだろうか。私は「前向きに検討」すると思います。麻痺のある患者さんに触れ訴えを聞いている人間として、私はそういう価値観です。

じゃあ、家族だとしたら?

忘れてはならないのが、家族としての立場で「Aケア」を考えること。

妻の四肢がそのような状況になった場合でも、私は「前向きに検討」すると思います。とはいえ、妻は決してAケアを受け入れるタイプではないことは分かっていますので、意思疎通の取れる段階ではその選択はありません。

妻の尊厳を軽視していると言われてしまえば反論の余地はありませんが、何を持って尊厳と考えるのかは個人の人権(=尊厳そのもの)です。他人がとやかく言うようなことではありません。
(法的に問題のあることに関しては別ですが。)

漆原は「悪」だったのか

私の意見では、漆原医師はあくまで医師・研究者として処置をしていただけと思っています。健常であってもあちこちに痛みや不調が出てくる高齢者の「重荷」を軽くすることができる希望の光として「Aケア」を考えていたのだと思います。

原作者の久坂部羊氏は医師で、実際に「切ってください」と言われたことがあるそうです。今作はそこから着想を得た物語ですが、私も同様のことを言われたことがあります。
(言われたときは、「そういう小説があるんですよ〜😁」って返しました。)

実際に処置をすることで得られるとされる(劇中で描かれている)良い効果は起こり得ると思います。接した経験は少ないですが、可能性は期待できると思います。

医師・研究者であれば、仮説を提起することや症例を集めることは本懐というべきことのはずです。確かに一般の人や健常な人からは理解しがたい事かもしれませんが、実際に患者からも(冗談とはいえ)「切ってほしい」と話が出ることです。
それを検討もせずに突っぱねることは、患者の尊厳を守って誠実に対応していると言えるのでしょうか。

その点で漆原医師は"医師としての職務に誠実に対応した"と考えて差し支えないと私は思っています。

漆原医師は、罪に問われるのか

では漆原医師のしたことは、罪(刑事罰)に問われることなのでしょうか。
彼は丁寧に説明をして、手術の同意も取っています。術後の経過が良好な患者も一定数認められることから、術式自体が大きな問題とは考えにくいと思います。
標準的な処置を受けても経過が良くないことは起こり得ますし、「こんなことなら手術しなきゃよかった」なんて話はどこにでもあります。術後に患者が納得していないから、という理由だけでは問題にはできません。

ひとつ確実にアウトなのは、切断処置のための傷病を偽って(壊疽の進行を止めるための切断処置とするなど)いることですが、それは保険適用にするためのことです。容認して良いとは思いませんが、術式の是非とは分けて考える必要があります。

自由診療であれば、罪には問えないんじゃないかと思います。
美容形成外科の自由診療でほくろを取るのと、何が違うのでしょうか。むしろAケアのほうがADLレベル(日常生活動作レベル)の向上が期待できる部分があります。
見た目も大事ですけど、ADLも大事です。

Aケアは嫌悪されるべき存在なのか

見た目?

一番に挙げられるのはやはり「見た目」でしょう。日本において四肢が欠損している人を日常的に見かけることは少ないのかもしれませんが、決して存在していないわけではありません。

Aケアで自分から"切り離す"ことは、そこまで批判されるべきことなのでしょうか。まして他人がとやかく言うことでしょうか。

見た目の問題ならば、それはただの認識不足です。いくらでも世の中に四肢が欠損した人は存在するのです。
そこに違和感を感じるのなら、よほど世間が狭いのか差別思想があるのか?パラリンピックを見たこともないのでしょうか?

動かせないからって?

「動かせないからと切り落とすのはちょっと……」という意見。
ここも私はイマイチ合点がいきません。
(切り落とすべきとは思いません、向き不向きがありますから)

動かないクルマを愛着だけで置いておきますか?どんどん状態が劣化していくものを、さっぱり片付けたいとは思いませんか?
(置いておく人もいるでしょうが)

私からすれば、先に挙げたように歯の治療で意見が分かれるのと問題の本質は同じだと思うのです。部位が違うだけで、どうしてここまで反応が変わるのでしょうか?

良い面は評価されないのか

Aケアは切り落とすだけの処置ではありません。体重を軽くすることで褥瘡の悪化リスクを軽減したり、自力・他力での動作を取りやすくするのが本来の狙いです。
何事にも良い面と悪い面がありますから、良い面だけ・悪い面だけを見て判断するのはおかしいのではないでしょうか。

患者さんごとに身体の状態・本人の意思・家族の考え・経済状況など考慮すべきことがあります。ということは、頭ごなしに是非を決めつけてはいけないと思うのです。

Aケアを受けた患者たちを"なんとも言えない"表情で見ていたあの人物は、何を見てどう感じていたのでしょうか。
私には分かりません。

確率は低くとも、Aケアで救われる人がいるかも知れない、いるに違いないと私は思うのです。

安楽死(尊厳死)よりも?

ぐるぐる思考を巡らせていて、はたと気付いたこと。
世界では安楽死(尊厳死)が合法の地域があります。安楽死とAケアと、どちらが重大なことでしょうか。

安楽死が認められるなら、いわんやAケアをや。

命ですら(場合によっては)放棄出来るのですから、四肢の一部を放棄することは決して無茶な話でもないと思うのです。

おわりに

書き出したら止まらなくなって書きすぎました。(だいぶ削りました🤐)
映画『廃用身』、私は見て良かったです。他の人には勧めませんが、話くらいはするかも知れません。
染谷将太さん、北村有起哉さん、六平直政さんの演技は戦慄ものでした。だからおいそれとは勧められないんだけど。

iPS細胞をはじめとした再生医療の研究が進む昨今では、判断基準が変わってくるとも思います。(原作本は20年前)
再生医療が一般的になったとしても、その効果のほどは、若者と高齢者ではどの程度の差があるのでしょう。
やはり私は「前向きに検討」するのかな、と思うところです。

そこまでするくらいならあっさり死にたいって?それがでけたら苦労せんのよ。
ということで、あらゆる選択の可能性があって良いんじゃないか、と思う次第です。

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