見出し画像

オフィスサンサーラとの25年 4 KDD「月刊ON THE LINE」的特集記事の作りか


寛大なクライアントのおかげでやりたい放題
「月刊ON THE LINE」の時代、私が調子こいていたと、言いました。この調子こきが、その後の挫折へとつながるのですが、もちろんその時点では、いい側面だってあります。
「月刊ON THE LINE」は発刊からもう40年近く立っているのに、今引っ張り出して眺めても、その誌面が面白い。ちっとも古さを感じさせない。と言うか、むしろ、今の雑誌よりも素材の料理のしかたが新鮮。語ろうとしていることが深い。ビジュアルも質が高い。
まあ、手前味噌もここまで並べれば、そうかなって思いませんか?
「月刊ON THE LINE」にも、一応は編集方針がありました。KDDと言う日本を代表する国際通信の会社ですから、その基本は情報通信技術、その情報通信が実現している、現在の情報社会に生きる人々に対して、有益な記事を届ける。

 なるほど、一応はもっともらしいけれど、何が有益な記事か、その評価は誰が決めるかといえば、作る側が決める。つまり編集長と、クライアント。そのクライアントが寛大であれば、結局編集長の自由裁量となる。つまり、極端にいえば、やりたい放題。
 このやりたい放題が、的外れならば即編集長失格だけれど、残念なことに、媒体としての評価は高く、取材売り込みは引きも切らず、連載記事は次々と単行本となる。クライアントの覚えもめでたい。
 当時の自分の仕事だけれど、俺ってどうしちゃったのかと、信じられない気持ちにもなります。
それで、企業PR誌が輝いていた時代、もっといえば雑誌メディアが輝いていた時代の、面白い雑誌の作り方を、過去の私に教えてもらいましょうか。


アンテナなんて張り巡らせない

 よく面白い情報を集めるのに、たくさんの情報アンテナを張り巡らせているでしょう、とか聞かれました。でも、残念ながらアンテナなんか世間に晒していなかった。ノイズばかりの世間に、アンテナなんか立てても、入ってくるのは、ゴミばかり。現在のSNSがまさにそうで、あんなゴミをいくら集めても、面白いコンテンツなんか作れるわけがない。
雑音しか拾わないアンテナなんか、むしろないほうがいい。

 ところが今の出版社の編集者諸君、全部なんて言わないけれど、企画を考えるとき、アイデアが浮かぶと、まずSNSで検索して、そのテーマの類似本が出ているかを探して、そのテーマが売れているかを確認する。もし売れていれば、そのテーマの類似本を、小手先を変えて出す。これをデータを活用した賢い方法と思っているみたいだ。ゴミ箱にアンテナを突っ込んで、ゴミの燃え残りを探しているだけなのに。みんな同じことするから、せっかく誰かが探し出した企画テーマが、一気に類似本で埋まって、あっというまに消費されて終わり。この繰り返し。
 そこで私は、なんて偉そうに言うつもりは、もうとうないけれど、誰かが自力で開けた新しい企画に追従することを恥と思っていた。これは宝島時代に、石井さんに叩き込まれたこと。
 ではどうするか。まず、誰でもない、自分の中にマイブームを作る。面白いと思うジャンル、人物、出来事について、マニアックに深掘りする。それが満州帝国でも、チベット仏教でも、F1カーでも、なんでも。そのジャンルに向けてのアンテナを建てて、いい情報が集まる場所に行く。当時は幸いにネットもないし、youtubeもないから、街に出かける。街中の大型書店、例えば新宿の紀伊国屋書店。書店のフロアーを、アンテナ建てまくりで、ゆっくり歩いて、意識に引っかかるものを探す。
「月刊ON THE LINE」の創刊号から連載をお願いした、元防衛研究所戦史部長で岩手大の教授をしていらした岩島久雄さんを、そうして見つけました。普段なら縁のない戦史のコーナーで「情報戦に完敗した日本」という岩島さんの専門書が目に飛び込んできたのです。

 当時のこれまでの太平洋戦争の戦史のすべてが、日本の敗戦をアメリカの巨大な物量に負けた論が支配していた。現在では常識になった「情報戦」ですが、当時は誰も話題にもしていなかった。でも岩島さんは、日米のどちらにも与せず、冷静に情報戦略のロジックで太平洋戦争の戦史を分析して、日本軍の弱点が情報にあったことを論証していた。
 早速、世田谷の御宅にお邪魔して、お話をうかがった。それまで私はひどい偏見を持っていて、軍事関係の人はみんな右翼だと思っていたし、天皇陛下万歳だと思っていたのです。ところが全く失礼なことに、岩島さんは、極めて温厚な紳士で、とても柔軟なお考えをおもちだった。人間にとって情報とはなにかを考えるとき、それが決定的な役割を果たす、戦争をモデルとすることの大切さを教授いただいた。
 物量と力の戦略ではなく、人間の心を動かす情報の力の重要さを読者に伝える。「月刊ON THE LINE」の主要読者であった、主要企業の経営者、管理職の人たちにとって、今有益な記事になると思い、1年間の連載をその場でお願いしました。

「いま情報力とは何か」というシリーズタイトルで始めたこの連載は、期待通りに好評を博して、「月刊ON THE LINE」の看板連載になりました。それまで、ちょっとマイナーだった岩島さんにも、当然スポットが当たって、「情報戦」という戦史ジャンルが確立しました。
 この岩島さんの連載記事は、書店の膨大な本の中からの、一冊の本との出会いから誕生しました。あの時、私のアンテナがこの本に反応していなかったら、何も起こらなかったわけです。そして、私のアンテナが反応したのは、ずっと第二次世界大戦に関心があり、日米の戦争の最大の愚行としての原爆について、「はだしのゲン」との関わりで考え続けていて、その意識のアンテナが反応したものが「情報戦」だったといえます。
 とまあ、今となっては綺麗に総括できますが、40年前、調子こいていた私がやったこと。でも、まあ一応、褒めておきましょうかね。


いいなと思ったら応援しよう!