考察小説 「フロロ兄弟」第3話 オーセール編 #1| 麗しき古都
中世、フランス・ブルゴーニュ地方オーセールのワインは、パリの宮廷を魅了してやまなかった…。
その名酒を運ぶ重要な水路となっていたのが、街を横切る美しいヨンヌ川だ。 川の西岸に広がる歴史保存地区は、まるで時が止まったかのような中世の街並みが、迷路のように巡っている。幾世代もの足跡を刻み込んできた石畳の狭い路地。そこから見上げれば、空を細く切り取るようにして、古い木組みの家々がひしめき合っている。
Colombageというらしい。
むき出しになった木造の柱や梁の隙間を、木片や土、煉瓦、漆喰などで埋めて壁を作る中世ヨーロッパの伝統様式だ。アルザスやドイツで見かけたものに比べ、どこか素朴で温かみが感じられる。
家々の多くは一階がワインを売る店舗で、二階以上が居住スペース。上層へ向かうほど通りへ向かって迫り出している。これは床面積を広げるためだけでなく、1階の店先に雨水がかからないよう庇(ひさし)の役割も果たしていたのだという。
頬杖をついて、PCの画面越しにAuxerreの街並みを眺めていた土岐黒良の耳に、ふいに強い雨音が流れ込んできた。
「うちは平屋で、そんな庇構造じゃないからな。店の前はずぶ濡れだ」
ため息交じりに呟くと、黒良は店の入り口のガラス扉を見やった。
ゴールデンウィーク中は好天に恵まれ、土岐骨董店もいつになく活気づいていた。遠方からの得意客が顔を出してくれたり、観光客用に準備していた江戸切子のグラスが完売してしまったりと、賑やかな日が続いていたのだ。しかしその分、嵐が去ったあとのような今の店棚は、すっかり閑散としてしまっている。
そこへ来て、手のひらを返したようなこの連日の雨だ。
(5月病かな。学生でも、会社勤めでもないのにな……)
黒良はめずらしく、人恋しいような心持になって、義姉に頼まれた「考察」を始めたのだった。
(俺も旅行にでも行きたいよ)
オーセールは前回まで考察した街より、美しく、魅力的に感じた。
(あいつ、何でこの街には立ち寄らなかったのかな?行きたかったよ)
脳裏に浮かぶのは、成人記念で友人と巡ったヨーロッパ旅行の思い出だ。 旅の計画はフランス語が堪能なソムリエ志望の友人任せで、黒良は完全に受け身のままついて回っていただけだった。それでも満ち足りた、楽しい旅だったのだが――。
ノスタルジーに浸っていた黒良だったが、一段と激しさを増した雨音に我に返った。
結局、人っ子一人来店しないまま、時計は17時を回っている。
(ちょっと早いが、今日はもう閉めるか…)
腰を上げた途端、打ちつけるような雨音が急に静まった。入り口の扉へ歩み寄るころには完全に雨が止み、雲の隙間からうっすらと夕日が差し込んでくる。
(なんだ?ゲリラ豪雨だったのかな)
そう首を捻りながら、ガラス扉を開けてみると、そこには、晴れやかな顔の男が立っていた。
弟の土岐朱理だった。
今の今まで土砂降りだったというのに、傘も持たず、春らしい薄ピンクのスウェットに、ゆったりとした白のパンツ、メッシュのスニーカーという出で立ちだ。
「や!黒良兄さん、調子どう?」
「ああ、おまえか。今日はもう閉めるとこだが、どうした?」
「ホ~ント?じゃあ、丁度よかった。ちょっと、話があってさ。ほら、これ持ってきた」
そういうと朱理は紙袋を持ち上げて見せた。
――紙袋には雨粒ひとつ付いていない。
(相変わらず、こいつの晴男ぶりはバグってやがる)
黒良は呆れつつも、自然と口元を緩めていた。
つづく
