フルカネリとヴィクトル・ユゴーを繋ぐノートルダム大聖堂の”秘密”について III章③「隠語 argothique」と「鳥の言葉 la langue des oiseaux」
フルカネリ『大聖堂の秘密』III章②の考察で、スポットライトの下に現れたのは『ノートルダム・ド・パリ』の登場人物、グランゴワールの姿だった。
フルカネリは、どうやらエスメラルダとグランゴワールの結婚を主題にしているようだ。
だが、ユゴーはなぜこの二人を結婚させたのだろう?
物語の流れになんら影響を与えそうにない、道化師のようなグランゴワールと、ファム·ファタル的ヒロイン、エスメラルダが結婚する意味は?
そこで、今回はこの疑問についての考察を深めてみたい。
【 エスメラルダ&グランゴワール夫妻 】
”モデル” から派生したキャラクター
前回の ”ピエール” ・グランゴワール”の名前の分析から。
彼は使徒ペテロの性質を帯び、「隅の石」として物語の基礎を築く礎であった。
だが、エスメラルダとはちがって、グランゴワールは15世紀の実在の詩人、フランソワ・ヴィヨン François Villon という “モデル” から派生した存在でもある。
「Villonヴィヨン」の名は、
―「voyous ヴォワイユー(ゴロツキたち)」
―「voyants ヴォワイヤン(見る者、予見する者)」
というふうに、フルカネリによって変換済みだ。
そしてヴィヨンの人生のエピソードに関連して、ジャンとカジモド、そしてグランゴワールが生みだされた。(第3話②)
つまり、三人は「ヴィヨン」を介した三位一体の像を形づくる。
共通項は「聖職者に引き取られ、育てられた」という過去だ。

それは―ジャンの名が示すように、
「キリストとヨハネ」との関係を仄めかす。
ジャンとカジモドの物語は後章に譲るとして、ここではグランゴワールに内包される「ヨハネの性質」について考察しよう。
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2.グランゴワールのイニシエーション
グランゴワールは小説中で何度も、啓示を与える儀式を執り行っている。
✦ ✦ ✦儀式の例✦ ✦ ✦

・祭りの晩。
エスメラルダが襲われるのを見ていたグランゴワールの前に、フェビュス隊長が現れる。(フェビュス召喚)
・結婚式の夜。
エスメラルダに「フェビュス」の名前の意味―太陽神の子―を教える。彼女は崇拝に近い恋心を抱く。
・夫となったグランゴワールと組んでエスメラルダが舞を披露していたら、フェビュスのいる家に彼女が招かれた。
・エスメラルダを見に広場に来たクロード・フロロ。
グランゴワールはエスメラルダが「フェビュスの名前」を崇拝していると漏らす。フロロは嫉妬を感じて事件につながる。
・エスメラルダ奪還作戦。
「奇跡御殿」のゴロツキたちによるノートルダム大聖堂襲撃。
グランゴワールは逮捕されて国王のもとへ連行される。結果フェビュス隊長が襲撃者掃討の命をうけた。(フェビュス召喚)
── ✦ ✦ ✦ ──
面白いくらい、グランゴワールとフェビュス隊長はセットで現れる。
二人の関係性は──
一体、どのようなものなのだろう?
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3.グランゴワールのスタンド?ーフェビュスとは
★Phoebus de Chateaupers:フェビュス・ド・シャトーペール

小説『ノートルダム・ド・パリ』の登場人物。王室射手隊の隊長。若く美丈夫な騎士。貴族の婚約者がいるのに、女癖が悪い。カジモドに襲われたエスメラルダを助けて彼女に恋心を芽生えさせた。馬に乗って颯爽と現れる。
語源:Phoebus(フォイボス)」は、ギリシャ神話の太陽神アポロンの別名、または称号。ギリシャ語の「フォイボス(Phoibos)」―「輝く者」「明るい」「光り輝く」―に由来する。アポロンは弓の名手。
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4.「洗礼者」としてのグランゴワール
グランゴワールによるエスメラルダへの秘儀、
「フェビュスの名の意味を教える」

それは、洗礼者ヨハネがキリストに施した洗礼の儀式を想起させる。
洗礼者ヨハネは神から使わされていたが、彼自身が「光」ではなかった。
「彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするためにきたのである。
しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」
「洗礼者グランゴワール」自身は “光” の力を持たない。むしろ彼は、光の力を借りる者——その媒介者だ。彼が呼び出すのは、「フェビュス」という名の太陽神。その存在を使役し、エスメラルダやフロロに啓示を与える。
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5.「福音書記者」としてのグランゴワール
フロロ副司祭と再会したグランゴワールはエスメラルダの「身の上話」を詳細に語って聞かせた。
これはキリストの人生を伝導した福音書記者ヨハネの性質の現れ。
啓示は、「言葉」によってもたらされる。
語ることは、世界を編み直す行為でもある。

「 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。」
この冒頭文は、旧約聖書の創世記の冒頭文との関係を示している。
「語り」が「創造」に変わる瞬間だ。
初めに、神は天地を創造された。 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。
「光あれ。」
グランゴワールの話を聞いたフロロは、大聖堂の自室である錬金術作業室で、エスメラルダとフェビュスについて策略を巡らすことになる。
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6.「黙示録著者」としてのグランゴワール
✦ ✦ ✦補足のあらすじ✦ ✦ ✦
グランゴワールは、フロロ副司祭からエスメラルダを「避難所」である大聖堂から連れ出すよう迫られる。 はじめは抵抗していたが、ペットのヤギの命も危険にさらされていると知り、状況は動き出す。 彼が提案したのは、「奇跡御殿」の住人たちを扇動するというアイディアだった。
暴動は現実となった。

その混乱のさなか、グランゴワールは捕らえられ、国王の前に引き出されるが、詩人としての本領を発揮して言い逃れ、なんとか釈放された。
その頃、「奇跡御殿」の悪党たちの暴動と、それに抵抗するカジモドによって、ノートルダム大聖堂は炎に包まれていた。その様子はまるで黙示録の世界の終りのようだった。国王は軍を派遣し、暴動鎮圧の命を下し、王室射手隊隊長「シャトーペール君」に出動を要請したのだった。
── ✦ ✦ ✦ ──
捕虜となったグランゴワールは、再び命の危険にさらされていた。
必死に国王ルイ11世の足元にひれ伏し、こう言った。

「陛下、あなたは太陽でございます。私は誓って申し上げます、我が君主にして主君、私はならず者でも盗人でも乱暴者でもございません。反乱や略奪はアポロの一行にはふさわしくありません。
…ああ、陛下!慈悲こそが偉大なる魂の内側を照らす唯一の光でございます。慈悲は、すべての美徳に先立って松明を掲げるものです。慈悲なくしては、人は神を手探りで探す盲人にすぎません。」
「ルイ・ド・フランス氏が祈祷を捧げる静かな場所」より
この瞬間、グランゴワールの「太陽、光」は、国王ルイ11世となった。
国王が出動を要請した隊長は――同じ人物であっても――その呼び名は違っていた。
── ✦ ✦ ✦ ──
「フェビュス・シャトーペール châteaupers」
語源:
・château:城。→ 音声文字変換して「shadow:影」
・pers:→ 音声文字変換して「pâle : 青灰色の」
── ✦ ✦ ✦ ──
太陽神フェビュス隊長は、王室射手隊長シャトーペールとなって、ヨハネ黙示録に登場する青灰色の馬のに乗った「死の騎士」の姿に変わっていた。(黙示録6:5-6)

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7.本当は怖いグランゴワールの話
結婚式の夜。 グランゴワールは、エスメラルダに自分の不運な身の上を語っていた。 だが、彼女は耳を貸さない。 代わりに尋ねたのは、フェビュスの名前の意味だった。
物語の中で、グランゴワールに興味を持つ者は、ほとんど無い。
では、グランゴワールは一体誰のために、「身の上話」をしているのか?
それは、私たち読者に対して、である。
錬金術書『12の鍵』の序文には、著者バシリウス・ヴァレンティヌスの詳細な「身の上話」が記されている。
その序文の最後はこう結ばれる。
「この書において、…古の賢者の石について明かそう。…どうか深く思索し、真理の礎となる「岩」、すなわち一時の祝福と永遠の報いをもたらす「基盤の石」を見いだされることを願う。 」
この「基盤の石」― 「 ピエール・グランゴワール」の正体を見つけることこそ、物語の謎を解き、この錬金術書につながる鍵となる。
さらに、同書に付されたもう一つの文書『古の賢者の大いなる石に関する論考』は、このような文章で始められる。
「初めに、神の霊が水面を動かし、すべてがまだ闇の中に包まれていた時、全能で永遠なる神は、その始まりも知恵も永遠から来る御方であり、神の計画によって天と地、そしてその中にあるすべてのもの、可視のものも不可視のものも、無から創造された。…」
この文章は旧約聖書、創世記の「天地創造」冒頭を思わせる…「ヨハネ福音書」冒頭がそうであったように。
ユゴーはヴァレンティヌスの性質を「ヨハネ」に上書きし、「基盤の石:グランゴワール」というキャラクターを作り出した。
しかし、どんなに似せていようとも、この書物は錬金術書であって、宗教とは無関係なのである。
だから、グランゴワールも一見ヨハネのような振る舞いをしているように見えても、実際にはヨハネとは何の関係もない。
使徒ヨハネは、他の弟子が逃げても、磔刑後までイエスの傍らにいた。
だが、グランゴワールはそうではなかった。
✦ ✦ ✦補足的あらすじ✦ ✦ ✦
フロロ副司祭はエスメラルダを処刑台に送る為、グランゴワールとともに大聖堂から連れ出す。船に乗り、岸に着いたその瞬間、グランゴワールはエスメラルダ(=アニエス 神の子羊)を置き去りにし、ヤギ(スケープゴート)だけを連れて立ち去ってしまった。
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+スケープゴートscapegoat:
贖罪のヤギ。古代ユダヤ教ではヤギに罪を背負わせて荒野に放つ儀式があった。人の罪を背負い犠牲となったキリストをあらわす「神の子羊」に対して、ヤギもまた「罪を背負う存在」だった。
ヤギはまた、「バフォメット」というテンプル騎士団が崇拝していた異端神の象徴とも結びつく。
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8.まとめ:結婚の意味
フロロ副司祭がグランゴワールと再会した時、彼は「奇跡御殿」の大道芸人に身を窶し、赤と黄の服を着て、積み重ねた椅子を顎で持ち上げていた。

イエス・キリストは、聖ペテロに「あなたはペテロ。私はこの岩の上にわたしの教会を建てる。…わたしはあたなに天の国の鍵を授ける。」と言った。「マタイによる福音書」 (16章18-19)
聖ペテロの玉座はヴァチカンの聖遺物であり、教会の権威の象徴。
グランゴワールのこんなコミカルな行動さえ、錬金術の秘儀をなぞっていることが、『12の鍵』をみるとわかる。
「芸術家は、白の上に黄色を置き、 黄色の上に赤や深紅を重ねることができる。 すべての色はそこに存在しているが、 より強き色がその輝きをもって支配する。 汝が我らの術においてこの同じことを成し遂げるならば、 汝の目の前には「知恵の光」が輝くこととなる。」
黒い服から、赤と黄の衣装へのチェンジは、エスメラルダとの婚姻によってグランゴワール自身も変化したことの象徴である。
「太陽神フェビュス隊長」が「死の騎士シャトーペール」に変容してしまったように。
グランゴワールも「洗礼者ヨハネ」から、
椅子を積み上げる「初代ローマ教皇ペテロ」に変化し、
最後は国王の前で命を惜しんで嘘を吐き、イエスを三度否定する「使徒ペテロ」のキャラクターに変容を遂げた···
グランゴワールの正体は、聖人たちに被せて上書きされた、錬金術師ヴァレンティヌスだった。
フランス・カトリックの総本山ノートルダム大聖堂の名を戴いた小説『ノートルダム・ド・パリ』は、キリスト教とは全く関係がない。
いまや、それははっきりしている。
『ノートルダム・ド・パリ』は、錬金術に関する書物を基にして書かれている。
『12の鍵』第1の鍵には、こうあった。
「王の冠は純金で作られるべきであり、彼と婚姻する王妃もまた、貞淑かつ無垢でなければならない。 」
エスメラルダの結婚は素材としての浄化だった。
第1質料の選定として、カジモドが「ばか祭り」で選ばれたように。
エスメラルダも、他の登場人物たちも、物語の進行とともに変わっていくが、それは錬金術の物質の変化と同調しているかもしれない。
「物質はひとつである。ただそれは様々な形をとることができ、この新たな形態の下で己自身と結合して、無数の新たな物体を生むことができる。」
次回④へ続く
