見出し画像

春休み企画! 全員掌編掲載祭り! その③

全作品へのジャンプは下記の記事へ!


『環境シャッフルタイム』ra wa:その③

 この世界が一年中春だったら、きっと僕は鼻水で溺死してしまうだろう。
 花粉症で重い頭を引きずって、僕は後輩とデスマーチに臨んでいる。

 何が新しい季節だ。それなら普通一月だろ。当然のように四月から仕切り直すなんて、この国は気が狂ってる。
 みんながそれに従うのは学校のせいか? でも別に、学年が上がるだけだったしな。

 僕は学生時代、クラス替えというものを経験したことがない。
 地元の小学校は合併寸前で一クラスしかなかったし、中高のクラスは持ち上がりだった。

 環境が変わるというのは、転校並みに大きかったらしい。毎年クラス替えの度に友達が代わったと、前に後輩が笑って話してくれた。
 僕みたいに、中学に入るときにわがままで引っ越してもらったりしなくても、一年だけ合わない教室に耐えれば良い。高校で二週間付き合って別れた女子と、三年間気まずく過ごすこともない。
 あー、理不尽すぎる。環境リセットしてやり直したい。

「せんぱーい、こっちまで沈むんでそのズルズルなんとかしてくださいよー」
「無茶言うな。クソだるい中仕事してる先輩を少しは尊敬しろ」
「さすがにこの修羅場で休みとかとったら、本気で恨みますからねー。先輩が去年の後半からずっと本社にいなかったの、これだったんすね」

 僕たちの職場は、大きな公園が近くにある華やかなオフィスビル。
 ……執務室はその地下、秘密基地みたいな人事専用フロア。

 花びらみたいで気が狂いそうな、紙とデータの束の中。
 僕たちは今、大人のクラス替えを司っている。

※※※

「もー、先輩とおんなじとこなんて希望しなきゃ良かったっすよ。花形部署だーって言うから、ウッキウキで面接官役の練習とかしてたのに」
「面接はリクルーターと管理職の担当だ。僕らの仕事はそいつらの手配と進行管理、それから人事異動や欠員補充のリスト作成。ほんとお前、よくそんなノリでここに来れたな」
「やっぱり世の中コネっすよ。先輩の後輩なら安心できるって、下駄はかせてもらいました。先輩、責任感が強くて逃げることはないって、上から評判良いですし」
後輩は、からかうようにお菓子を押しつけてくる。

「僕は奴隷根性が染み付いてるからな」
書類をよけ、もらったお菓子を頬張る。お互い疲れきっているので、もはや礼儀がどうとかはどうでも良くなっている。

「その辺、自分とは大違いですよね。同じ大学で昔同じ部署だったからって、同じ人間な訳がないんすけど。でも、ここで人に埋もれてたら前任の気持ちもわかります。人なんてただのめんどくさい紙切れっすよ。偉くなるための洗礼ってことなんすかねー」
後輩の言うことももっともだ。大量のデータに埋もれて、気持ち悪くなる。

 経歴、適性、志望、ポスト。一部のお偉方の匙加減。
 ピースを無理矢理押し込んで、ジグソーパズルを完成させる。

「先輩、また恨まれちゃいますね。『希望が叶わなかったー!人事は見る目がないんだー!』って。この山盛りの資料をもとに、何人分もの人生をシミュレートしてあげてんのに」
「ちゃんと僕らに刺さる希望理由を出さないのが悪い。退学じゃなくクラス替えしてやるだけ、ありがたく思え」
「ひえー、おそろしい」

 押し込まれる側の時はわからなかったけど、押し込む側だって自分の気持ち一つでほいっと決めている訳じゃない。
 ひとつかふたつ、部分的に要望を叶えてやったら感謝してほしいくらいなのだ。

「みんなお前くらいうまく書いてくれれば良いんだけどな。要領のいいやつはうらやましいよ。それでなんでここに来たのかはわからないけど」
「先輩に勤まるなら、自分にも勤まると思いまして。『誇大広告だと思うなら、過去の実績を比較してください』……とまでは言わなかったですけど、実際、そんな感じで進んだんじゃないですかね」

 ご名答。
 昨年の今頃、僕の尊厳と引き換えにこいつの能力保証は簡単に終わり、転職リスクだけを検証されてあっさりと配属は決まった。
 前の担当者がダウンした穴埋めで適当に配属された僕とは、出来が違う。

「ま、今年の作業も落ち着いた。来年はお前がチーフだろうから、頑張ってくれよ」
「先輩みたいな頑張り方は勘弁ですよー。先輩の後任を転がして、頑張ってもらいます。偉くはなりたいけど、無駄に辛い思いはコリゴリです」

 こんなことを言っているけど、こいつは僕の後輩だ。
 一度部署異動で離れたあとも、慕って支えてくれてる奴だ。僕のあとを任せる相手としては一番信用できる。
 つーか、次まで追っかけてくんなよ。さすがに勘違いするから。

「ふぁーあ、もうすぐ先輩ともお別れかぁ。……ねぇ、先輩。花粉症って、どんだけ辛いんですか?」
「春を消したくなるくらいだ」
「まったく。そんな理由で異動希望出す人に、刺さる希望理由だのなんだの誰も言われたくないと思いますよ」

 僕が次の異動希望先に求めたのは、一つだけ。
 できるだけ、花粉が届かないところ。

『貼る』如月香:その③

 入学式は昨日のうちに執り行われていた。
 まだ新品同様のパリッとした制服に袖を通す新入生たちは、毎年入学式の翌日に波に呑まれる事になる。

 そう、部活動勧誘の荒波に。

「お兄さんガタイいいね! 野球部とか興味ない?」

「いやいや、君は身長も高いんだからバスケ部に入るべきだ!」

 新入生たちが話す隙間もなく在校生たちは新入生争奪戦争を繰り広げていた。


 朝倉湊はその戦争に関わるつもりはないらしい。
 単純に面倒くさいから。

 三年生一人、湊含めた二年生が二人。合計でたった三人の写真部だ。

 本当なら部員を増やすために血眼になって勧誘するべきなのだろうけど、湊も他の部員も『どうせ来ない』という考えが強かった。

「あの、部長」

湊が口を開いた。

放課後の部活戦争中とは思えない静けさの部活動室で声が響く。

「どうしたの。トイレなら私の許可なく行っていいと何度も言っているでしょ?」

 そんな許可は入部してから一年間で一度も聞いたことがない。

 部長は女優みたいなルックスで勉強も出来る。何度も告白される、というよりは陰でモテているが誰も声をかけられない高嶺の華タイプだった。

 弟がいるらしく、湊ともう一人の部員・カケルに対する接し方は殆ど弟と接するそれであった。関わっていけば誰もが知るであろうが、いわゆるブラコンというやつである。

「いやトイレはさっき行きました。そうではなくて。えっと、写真部は部活動勧誘しないんですか?」

 面倒くさいと思いつつも、湊は少なからず新入部員を欲しがっていた。

「まあ、勧誘したところで来ないし……。わざわざ一眼レフとか二眼レフとか使わないでスマホでいいっていう人だらけだしね」

「じゃあ、スマホ写真でもOKっていう事にすればいいんじゃ。スマホで撮った写真のコンテストもありますし」

「でもねー。面倒くさくない? うちの学校でスマホ厳しいじゃん? やる気のない顧問に相談したところで無駄だと思うのよね」

 確かに、と湊は納得することしかできなかった。湊が入部してから一年で顧問を見たのは一度きり。それほどまでに顧問の怠惰はひどかった。

「湊くんはそんなに新入部員が欲しいの? 写真部って仲間としてのコミュニティはあっても結局はカメラと自分との一対一で向き合う部活だからね。二人が入る前は私だけだったし。カケル君も欲しい? 新入部員」

「俺っすか? 俺は……まあ二人に任せるっすよ。俺は湊に誘われたうえで部長目当てで入部しましたし」

「あらそうなの? でも残念、私カメラに恋しちゃってるから」

 さらっと告白したカケルはさらっと部長に振られてしまった。

「でもそうね。うーん……じゃあ湊くん。勧誘はしなくていいから玄関ホールの掲示板にこれ、貼ってきてくれない?」

 写真部の部員募集ポスター。『なんでもない日常を、切り取る』というキャッチコピーと共にポスターに掲載された写真は恐らく部長が撮ったものだろう。活動場所も示し、抜かりない。何気ない日常の些細な幸せと題した、湊とカケルの屈託のに笑顔の写真。普通の写真なのに何故か魅了される感じがある。


「勧誘の熱、すご……」

「ねえ紗季ちゃんは何部にするか決めた?」

「うーん、まだかな。なんかどこも必死過ぎて怖いっていうか。桃ちゃんはは?」

「私も一緒だよ。もう帰宅部でもいいかな。帰宅部だって彼氏作れるし!」

 紗季と桃は玄関ホールの掲示板前に立って、勧誘の熱に圧倒されていた。
 色とりどりのポスターが隙間なく貼られ、どれも大きな文字で情熱を叫んでいる。

 その時、横からどこか申し訳なさそうな、控えめな声がした。

「ちょっと、ごめんね……。ポスターそこに貼りたいんだけど、少しだけ横に避けてもらっても大丈夫?」

 ふと見ると、上級生の少年が片手にポスター、もう片方に画鋲を持って立っていた。カメラのストラップが肩から下がり、少年と紗季たちの間合いだけを森林のような静けさに包むような雰囲気をまとっていた。

「はい、すみません! すぐ避けます」

 二人は少しだけ横にずれる。
 少年は空いた場所にポスターをあてがい、画鋲をグッと押し込んだ。

 笑っている二人の少年の写真とキャッチコピー。

『なんでもない日常を、切り取る』

 派手さはないし、寧ろ他と比べれば地味だった。けれど紗季には惹きつけられる感覚があった。

「よし、曲がってないな。……これだけで本当に新入部員来るのかな。部長頼りだぞ、ほんと」

 少年は一歩下がり、曲がっていないかどうか確かめる。それだけですぐにどこかへ立ち去ってしまった。

「写真部か……なんか、いいね」

 紗季がポツリとつぶやく。


「ポスター貼ってきましたけど、本当にあれだけで来ますかね?」

「来るといいわね」

「……ですね」

 その時、部室のドアをノックする音と共にドアが開く。
 
 胸の前で手をギュッと握りしめ、少女は希望を噛みしめて言った。

「あの! にゅ、入部希望ですっ!」


いいなと思ったら応援しよう!

ペン先の欠片 少しでも応援の気持ちをいただければ幸いです。 もちろん、読んでいただけるだけで嬉しいですし、シェアなんて感涙ものです。