短編小説『あほう』作 澤檸檬
車通りの多い交差点の南側に、兄弟が立っていた。
「ほら、また阿呆が来た」
弟が笑う。
弟は、交差点の北側で、ガードレールに花を供える人々を指差していた。
続いて兄も笑う。
「また阿呆が来たぞ」
次に供えられたのは、近所にある有名な和菓子屋の包みだった。特別な日にしか食べられない、高級な和菓子である。
ガードレールには、痛々しい衝突痕があり、その近くには焼け焦げたような線が描かれていた。
外で遊んだ後、汚れた手で母の服に触れ、怒られた時を思い出すような黒い跡だ。
「本当に阿呆だなぁ」
何度も弟は笑う。兄は頷いた。
「俺たちが車に轢かれたのは、交差点のこっち側で、死んだのはここ。あっちには引き摺られて行っただけなのにな」
「そうだね、兄ちゃん。それに僕らはもう、和菓子を食べられないのに。どうして食べられないものを供えるのかな。花なんて最初から食べられないのに」
「阿呆だからだろ」
兄は弟の手を握りながら、ぶっきらぼうに答えた。すると弟は、心から不思議そうに首を傾げる。
「阿呆だから、泣いているのかな。あの人たち」
「そうだな、阿呆だから泣くんだよ。泣いてどうにかなるものでもないってわかってるのにさ」
死者に手向ける花や菓子、涙の理由など兄は考えたくなかった。
だから話を変える。
「お前も阿呆だぞ。風に飛ばされた俺の帽子を追いかけて、車道に出るなんてな」「じゃあ、兄ちゃんも阿呆だね。俺を追いかけて車道に出るなんてね」
「ああ、そうだな。阿呆だ」
大きい阿呆が笑うと、小さい阿呆も釣られて笑った。
交差点の北側では、涙がポッポツと、狐雨のように降っている。
兄弟の魂はじきに近く。花と和菓子に見送られて、あちらの方へ。
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