春休み企画! 全員掌編掲載祭り! その⑤
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『僕と彼女の青春じゃない青春の話』夜空の散歩者:その⑤
「プラスチックな絞殺死体?」
「プラトニックな交際がしたい。だ」
僕の嘆きを奇跡的な言語に置き換える彼女は、高一からの同級生。天然と言える天真爛漫さで、女子高という社会では生きずらい思いをしている種しゅの子だ。
「もう同じ恋愛禁止の世界で生きようかな」
「ホントに! 社長も喜ぶよー」
「冗談でしょ。て、何で社長が?」
社長とは、個人事務所でアイドルグループを作っている物好きなオジサンだ。そして今、目の前で笑っている彼女が、そのアイドルグループのセンターなのだ。
「ライブで社長に会ったでしょ。実は誘えばって言われてたんだーふふん」
《《ふふん》》なんて擬音を口から出す生き物がいたなんて、まったく憎めない奴だ。
僕らは友達と呼ぶ仲ではなかったし、性格も真逆だと思えた。必要以上に馴れ合わないから敬遠される僕と、分け隔てない人懐っこさが疎まれる彼女が会話をするようになったのは偶然だ。
昼休み。僕の机にお弁当を広げた彼女が、SNS用の撮影を始める。見慣れた風景。僕は彼女の席に座って、それを見ていた。
指先が無意識に彼女の机をなぞる。そこには彼女の心を抉えぐるイタズラ書きがあった。
彼女は笑顔しか見せない。でもそれは、強いからでも無神経だからでもない。周りを巻き込まない為の配慮だ。ライブで休みが続いて学校に来た時、陰で泣いているのを見た事があった。
ファンやメンバーに囲まれた華やかな世界と、女子高という限られた人種に囲われた社会。その両方に振り回されて、心が引き裂かれないように、その細い体に繋ぎ止めているのだとしたら。せめて僕の前では甘やかしてやろう、なんて思えた。
アイドルとして名を知られるにつれ、先生たちの救済なしでは進級も危うかった。
学校にレッスン、夜にはライブ配信。肉体的にも精神的にも、疲労が睡魔と化して彼女を襲う。
根が真面目な彼女は必死でノートをとろうとするけど、途中で意識が飛んでしまいグニャグニャと文字が線になる。だから僕は、そんな彼女の為だけに、黒板を完コピしたノートをつくるようになった。
三学期最後の放課後。陽の当たる渡り廊下で、彼女は窓を開けて外を眺めていた。ピンクの花びらを乗せた風が、彼女の髪を撫でて廊下を抜けてゆく。
「私、卒業するんだー」
「知ってるよ」
「そうじゃなくて。アイドル」
「そうなんだ。どうするの?」
「うーん。今は考えてない」
学生時代を青春なんて呼ぶんなら、それをアイドル活動に注ぎ込んだ彼女の卒業と言う言葉は重いと思った。
「あのさ」
「何の差?」
彼女は首を傾げた。
「そうじゃなくて。青春したくなったら誘って」
「なにそれー」
彼女の笑顔は、窓枠で縁取られた青空の中でも映えていた。その瞳はいつもよりも濡れている気がした。
雪解けして山も笑う季節に、スマホ画面に彼女からのメッセージがポップアップされた。それは演劇の案内だった。
オーディションを受けたんだろう。自分の力で前に進んでいる彼女に返信をした。
舞台と観客席が近い小劇場。前方は各演者のファンだろう。物販で買ったパンフレットやブロマイドを見ていた。
関係者席に座った僕は、とにかく彼女が失敗しないことだけを祈っていた。
幕が上がりスポットライトの中に彼女がいた。音楽と共に演者が踊り歌うオープニングアクト。その華やかな舞台に一気に心を奪われ、いつの間にか僕は物語に入り込んでいた。もうそこにいるのは彼女じゃなくて物語の主人公だった。
「凄く良かったよ」
「本気マジでー?」
彼女は肩を揺らして、はにかんだ。
「続けるの?」
「なにを?」
「舞台をさ」
「うん。凄く大変だけど。みんな真剣で。優しくて。舞台をつくる仲間になれて、やりがいを感じたんだ。よね」
「そっか」
彼女は自分の場所を見つけたのかもしれない。女優として小さく芽吹いた彼女が、まぶしく見えた。
「じゃあ、これからが楽しみだな」
「応援して、くれるの?」
「ファンになちゃったからね」
照れ隠しで冗談ぽく本心を告げた。
「ありがとう。でもさ?」
僕の手を握ってきた彼女は、不安げだった。
「友達で。いてくれる?」
正直、友達だと思っていてくれたんだと驚いた。でも再び華やかな世界に飛び込んだ彼女に、僕が必要なのかなと疑問に思った。
「逆に僕なんかが友達でいいわけ?」
自嘲すると、彼女が顔を上げた。
「当たり前だよ! それにね」
「それに?」
「青春したい……」
「んじゃやりますか!」
心から彼女の友達でいたいと思った。でもその気持ちを隠して、おどけてみせた。
「ありがとう。あ、私戻らないと。また連絡するね」
人差し指で目の下を拭いながら、彼女は胸元で小さく手を振って楽屋に向かった。その背中に、僕は名前で呼びかけた。跳ね返るように振り向く彼女。
「楽しめー」
大きく頷いた彼女は、跳びはねながら両手を振った。その姿に僕は、今後の活躍を願がった。そして叶うなら、大舞台に立つようになっても気兼ね無い友達のままでいたいと心の底から思った。
『春なんざ一生来なくていい』風:その⑤
「春なんざ一生来なくていい」
「先輩、酔ってますか」
「酔ってるよ。人間酔い」
とっくりを指先でひらひら揺らす男は、俺の会社の先輩だ。
居酒屋の暖簾が春の夜風に揺れて、外は桜、店内は愚痴。
「春ってのはな、新規案件に新社会人。面倒ごとの詰め合わせだ」
「そう言わずに」
「特に厄介なのが新卒だ。無駄にキラッキラした目で、こんなしがないおっさん見てきやがる」
「いい子たちじゃないですか」
「余計な仕事も増える。失敗の尻拭いもな」
先輩はぐい、と酒をあおる。鼻は赤いのに、目だけは妙に冴えている。
「教えれば後で楽になりますよ」
「仕事なんざダラーっとやって、ダラーっと帰って、たまのご褒美に酒煽ってりゃいいんだよ!」
「先輩、それ毎日です」
「毎日頑張ってるからな」
理屈が雑すぎる。
でも春は、確かに忙しい。
名刺交換の嵐。コピー機の前で固まる新人。メールのCCが増殖して、
「すみません!」が一日百回。先輩の眉間は、ずっと同じ場所で詰まってる。
「俺の若い頃はなぁ」
と言わないのが、せめてもの良心。
そのくせ先輩は世話焼きだ。禁酒できないのも、たばこが増えるのも、新人のせいにする。
けど、新卒で入社した俺を三年フォローしたのはこの人だった。
資料の赤入れ。商談の同席。ミスした夜のフォロー電話。
残業してれば「飲みに行くぞ!」って連れ出して、翌朝しれっと俺の仕事まで抱えてる。
「飲みすぎちまったじゃねぇか」
……どの口が言う。
「春なんざ嫌いだ」
そう言いながら、先輩は新人の名簿をちらっと見る。
配属予定の名前に赤ペンの丸が増えていく。
「この子、営業志望らしいぞ」
「度胸ありそうですね」
「字が綺麗だな、こいつ」
嫌いって言いながら、ちゃんと見てる。
「……俺、新人の面倒見ますよ」
気づけば口から出ていた。
先輩がぴたりと止まる。
「……あ?」
「三年目ですし。そろそろ後輩、持ってもいいかなって」
言ってから少しだけ怖くなる。
自分が“キラキラする側”から“教える側”に回ることが。
先輩は数秒黙って、それから吹き出した。
「お前にゃまだ早ぇよ!」
「はぁ!?」
「まずは自分の尻拭い、完璧にしてから言え」
笑いながら、ぐいっと酒を飲む。
「俺の仕事、奪う気か」
「奪うっていうか……」
「まだだ。まだお前は、面倒見られる側だ」
その言い方だけ、妙に優しい。
桜は散る。酒は減らない。愚痴は増える。
それでも春は来る。
「春なんざ一生来なくていい」
そう言う人ほど、春を迎えに行ってる。
俺はその横で、まだ見習いだ。
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