春休み企画! 全員掌編掲載祭り! その④
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『桜の下の被写体は』やまさき:その④
うららかな陽気に包まれた春。もうほとんど散ってしまった桜の花びらが、新年度を迎えた私たちに別れを告げる。綺麗な景色がまた終わっていくのを名残惜しく思いつつ、私は腕を伸ばしスマホのシャッターを構えた。
――絵のモデルになってくれませんか。
校舎裏にひっそりと佇む桜の木の下。初対面の後輩に突然話しかけられた。
彼女のスケッチブックのページを、薄紅色の花びらがそっとなぞる。鉛筆書きの、滑らかな線で描かれた桜の木がそのままに残されていた。
浅倉麻里あさくらまりちゃん。無口でミステリアスな後輩だ。喋ってくれたのはあの一言だけで、世間話はおろか、「どうして私を選んでくれたの」という質問にも答えてはくれなかった。
2人きりの美術室で、麻里ちゃんは今も黙々と絵と向き合っている。真っ直ぐに私を観察し、時折遠くの景色を見ながら、淀みなくさらさらと筆を動かしていた。
私は読者モデルの仕事をしているので、見られることには慣れっこだ。
私は私を捨て、僕になる。そのまた僕も捨て、幾重にも連なる大人のオブラートをも身に包くるむ。清楚に。荒々しく。ありのままに。大人の言うとおりに振る舞い、私はカメラの前でポーズをとり続けてきた。
だから、どんな注文にも応えられる自信があった。でも麻里ちゃんは何も言わない。「ここに立って」とも、「動かないで」とも言わなかった。正面にいる私と向き合い、ただただ無音という時を過ごしていた。
麻里ちゃんが静かに筆を置き、ゆっくりと立ち上がる。そして、小さくお辞儀をひとつ。
「できたの? 見てもいい?」
私は鼻歌混じりにイーゼルスタンドの裏から回り込み――息を呑んだ。
衝撃だった。
さっきまで軽い足取りだったのに、上靴が重く沈み込む。
破茶滅茶な色使いで、人間の輪郭をも溶けた荒削りの作品が、画用紙上に塗り広げられていたのだ。モデルの私はどこにいるんだろうか。芸術というのは分からない。時間を返してほしいと、私は口を尖らせた。
だけど、眺めるうちに見える景色が変わっていく。麻里ちゃんの絵から、私の日常がなだれ込んできた。
オシャレなカフェで写真を撮ったこと、どんなに辛くても楽しいことだけをSNSで発信していること、大して興味もない有名アーティストの曲を聴いていること。
撮られるどんな写真よりも強烈で、これが私の一部なのかと、すぐに認めるのはあまりに難しかった。
気が付けば私は、もう1回描いてほしいと麻里ちゃんにお願いをしていた。何日経とうが、あの絵のことを忘れられなかったのだ。
調べてみると、どうやらあの時の絵は抽象画というらしい。麻里ちゃんが私に視線を送る。出てきたのはやっぱり、人もいない、風景もないぐちゃぐちゃの絵だった。
「麻里ちゃんはさ、どうやってこの絵を描いてるの?」
「……どうやって、て?」
私は飾られた絵を指差す。腕を持ち上げたとき、机の角が手首にぶつかった。
「この絵はなんでこの色使いで、どうしてここに線があって、あちこちに人の目みたいな模様があるの?」
麻里ちゃんが視線を落とす。目を丸くし、不思議そうにまばたきを繰り返した。
ぽつり、ぽつり。画用紙の上に血が滴る。ささくれだった古い机が自分の手首を傷つけていたらしい。私は慌てて後ずさる。
「ご、ごめ、」
「ありがとうございます、美桜みお先輩」
私の手を両手で包み、麻里ちゃんはうっとりと微笑んだ。胸がざわざわして落ち着かない。せっかくの絵を血で汚したのに、心からの笑みを向けられていたのだから。
「私の絵、初めて完成しました」
まだ乾いていない血を、麻里ちゃんは指で伸ばす。彼女は頬を染めて、嬉しそうに自分の絵を眺めていた。過去の記憶がゆっくりと花開く。いつしか私は、母子家庭の家計の足しになればと、モデルの仕事を始めたことを思い出していた。
私の青春は、もしかしたら血みどろなのかもしれない。
「美しいものが埋まってるんです」
「美しいもの? どこに?」
「桜の木の下です」
麻里ちゃんは愛おしそうに目を細め、窓の外に目を向けた。
「校舎裏の桜。あの場所はきっと、美桜先輩のお墓ですね」
思い返せば、あの時の桜の絵はとても綺麗だった。
お墓。
麻里ちゃんの言葉を脳内で何度も繰り返す。普通に考えれば酷い言葉なのに、麻里ちゃんの台詞は私の胸にすとんと落ちた。
「私、先輩の死体を掘り起こしてみたいんです。また春が来て、桜が咲いたら、きっと会えるかもしれないから」
「もう会えたよ」
「……え?」
「もう会えた」
感慨深げに呟いて、できあがった作品をもう一度見る。葉桜になった季節でも、麻里ちゃんは私を掘り当ててくれた。
初めて見た桜の絵。その隙間にもきっと、本当の私がいる。麻里ちゃんには分かっていた。
私は、私の魂をここに埋めていたんだ。
『桜の約束』アキラ:その④
本文は下記の記事に掲載しました。
https://note.com/preview/n22ebec340250?prev_access_key=d5b4dcdde6a463a5b1574cbddf9312fe
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