ジンジャーエールは夢のなか

 苦くて痛いジンジャーエール。
 飲めるようになると大人になれた気がするのはきっと私だけ。
 
 古めかしい喫茶店。
 店内の青白い光。
 向かいの席に座る母と私の二人だけ。
 私の小さい手にはクリームソーダを混ぜるスプーンと汗をかいたガラスのコップ。そんな私を優しく微笑んで見つめる母。
 少し薄暗い店内で窓側に座る私にはカーテンの隙間から一筋の太陽の光が当たりすこし眩しげな表情を浮かべている。
 幼い子供は母親のジンジャーエールを飲んでみたいようで、母の手元をじっと見つめている。母親はそれに気が付いて「一口飲んでみる?」と娘に尋ねる。子供は嬉しそうな表情を見せ、元気よくうなずき母親から両手でコップを受け取る。
 母親が飲んでいるものを飲めることに少しだけ大人になったような気がした。
 恐る恐る幼い子どもは口をつける。
 カランと氷がぶつかる音がした。
 口いっぱいに広がるショウガの苦さと炭酸の痛さに子供は顔をしかめて、母親にそれ以上口をつけずコップを渡した。
 母親は「まだ、早かったわね。」と笑って、子供が飲んでいたメロンソーダのクリームをスプーンですくって娘の口に運ぶ。

 これは私の懐かしい思い出。
 私はその様子を隣の赤色のボックス席に座り眺めている。
 幼いわたしと同じようにクリームソーダを飲みながら。「ねぇ、お母さん。私にもあんな時があったよね。」と母に話しかけようと前を向く。
 しかし、私の前には母はいない。
 そして、夢だと気づく。
 夢だと気づけば、私はもうそこにいることはできない。
 夢の中で音がなくなり視界が暗くなって、目が覚める。あのお店はどこだったのかと考えて、答えが出ないことやるせなさを覚えて再び布団に潜り込む。
 次は悲しくない夢を見られるように祈りながら。

 最近と言っても半年ほど、私はよく同じ夢を見る。
 それは決まって私が小学二年生の時に母と二人で行った美術館の帰りに寄った喫茶店の思い出だった。
 あの夢を頻繁に見るせいであの喫茶店に行きたくなってしまった。
 でも、夢に出てくる以外の情報は何も覚えていない。一緒に行った母も中学二年生の春に亡くなってしまった。
 あの喫茶店を知っている人は周りにはおらず、私はどうしようかと考えている。
 夢をみた最初は懐かしく見つけたら行きたい程度の感想だった。しかし、今はあの夢を見ることに終止符を打つためにあの喫茶店に行きたい。
 あの夢はもう見たくない。
 土曜日の昼下がり、テレビをぼんやりと見ながらあの喫茶店に思いをはせる。
 テレビではちょうど開催されている美術館の情報を伝えている。青色で女の子の絵を書いているのがこの画家の特徴らしい。クリアファイルやトートバック、お手頃価格のポストカードなどグッズ紹介をした後、美術館周辺のグルメへと伝える情報は移り変わっていった。
 そういえば、母は美術館でポストカードを買ってそれを綺麗に購入順に並べて保管していたことを思い出す。
 私はリビングをでて、母の部屋に入った。
 母の部屋は書斎のような部屋で右側の壁が一面本棚になっている。
 母が亡くなってからこの部屋には誰も入らなくなってしまった。本やアルバムには埃が被ってしまっている。
 入口から二番目に近いの棚に近寄る。
 この棚には本以外のものが背表紙の高さ順に並べられている。
 私の小さいときの写真、趣味のポストカードを集めたアルバムと母が若いころに撮ったたくさんの写真たちがどこにもいかないようにアルバムの中に閉じ込められていた。
 小さいときに母と一緒にこの部屋で写真やポストカードを見ながら思い出話を聞くのが好きだった。
 母が倒れてからこの部屋には病院に持っていく服を取りに来る以外で入ることはなかった。この部屋に入るのは昔を思い出して行き場のない怒りを持つだけだった。しかし、三年もたてばほぼ無感情で入れるようになる。
 母のポストカード集めは独身時代からの趣味だったので、美術品以外も国内外の観光地、誰かの名言集など様々な種類が入手順に並べてある。
 種類別ではなく入手順なのは当時の母がどこに行ったのか、どんな言葉にひかれたのかが分かると楽しいからと言っていた。
 一番新しいアルバムを手に取りぺらぺらとページをめくっていく。アルバムには一ページに四枚ポストカードが入っていた。ポストカードの上に日付と一言が書かれた付箋が貼ってある。
 母はマメな人だったなとパラパラとページをめくっていると、あの日と思われる日付となんとなく見覚えのあるポストカードが出て来た。
 女の人がキュビズムで様々な色を使って書かれているポストカードだった。そっとアルバムから抜き取り裏面を見る。
 裏面には何も書かれておらず真っ白だった。
 母の一言コメントは「とっても楽しい一日だった。今度は三人で。」と黒のボールペンで黄色の付箋に書かれていた。
 私はポストカードにスマホをかざし画像検索すると、当時県立美術館でその人の絵の展覧会があっていたことが分かった。その絵は有名な作家の絵らしく、この町で展覧会をする際注目度が高かったようでブログを綴っている人たちのおかげで見つけることができた。
 その県立美術館は私の家から四駅ほど離れていて、駅からバスに乗っていく距離。
 遠い。
 しかも、肝心の喫茶店はどこにあるかはわからない。
 とりあえず私は、覚えている外観の特徴を書きだしネットやSNSを使って美術館周辺のそれっぽい喫茶店を探し始めた。
 喫茶店探しは美術館のように簡単にはいかず、休日を使っても見つけることはできなかった。
 やっぱり現地に行ってプラプラと町を散策した方が意外と見つかるかもしれない。
 朝、人の少ない学校でスマホを開き探し始める。
「おはよう。何見てんの。」
「昔行ったことがある県立美術館近くの喫茶店を探しているの。なかなか見つけることができなくて、知らない?こういう感じの外装のお店。」
 登校してきたユリに昨日思い出しながら書いた外装の絵を見せる。
 シャープペンシルで書いた小学三年生みたいな絵。
「絵見ても全然わかんない。外装の色とか窓の形、内装の雰囲気、飲み物とか何か知ってる情報はないの。」
「一緒に探してくれるん?」
「私喫茶好きでよくめぐっているから力になれるかもよ。」
 ユリは背もたれに腕を置く形で私の前の椅子に腰かける。
「それは心強い。」とユリに店の特徴を話し始める。
 とにかく屋根と店内が青っぽかったこと、赤い椅子、角の取れたこげ茶色の木のテーブルと店には窓側に向いあって座れる二人席が設置してあること。
「うーん。わかりそうでわからない。」
「クリームソーダは緑色だったよ。後ジンジャーエールがあった。窓は長方形だった気がする。」
「店内が青っぽかったって言ったよね。」
「うん。」
 ユリと私はスマホを片手に喫茶を探す。
 しばらくするとユリのスマホの通知音が鳴った。
「友達に聞いたら美術館から駅寄りのショッピングモールに行く方に店内が青っぽい照明の喫茶店があるらしい。ここじゃない。」
 ユリはマップの口コミ欄に張られている写真を見せてくれる。
 写真を見たところでここだという確証はない。でも、ここのような気もする。
「そこかも。今度行ってみるからURL送って。」
「私も一緒に行きたい。今週末行ける?」
「行けるよ。」
 ユリに向ってうなずく。
 ちょうど予鈴の鐘の音声がスピーカーから流れる。
 ユリは「やった。楽しみにしている。」と席を離れていった。

 日曜日に約束した県立美術館の最寄りの駅に降りる。
 時刻は十一時。
 二人とも朝方ではないので昼スタートからの活動になる。
 今日はあの日と同じように美術館に行ったあと目的の喫茶に行き、買い物をして帰る予定。
 ユリは予定時刻の十分過ぎに姿を見せた。
「ごめん。起きてはいたけど支度が間に合わなかった。」
「いいよ。別にいつものことだし。」
「そんなに怒らないでよ。」
 ユリは「ごめんね。」と再び謝った。
「もういいよ。」と返事をする。
 私たちは駅にあるバスセンターから美術館行きのバスに乗った。美術館につくと休日なのに人はまばらだった。美術館は有名な写真家の展覧会を開いている。あまり理解できない芸術に時々立ち止まりながら一周し三十分程度で美術館を後にした。
「滞在時間短いのに千二百円って高くない。そのまま喫茶に行けばよかったね。」
「確かに、でも何事も経験だし楽しかったよ。」
「そうならよかったけどさ。」
 話をしながらスマホのマップを片手に歩いていくと私たちの目的の店に到着した。
 蒼い屋根に石積みの外壁、長方形を木枠で六分割した窓が二つ。窓の上には鮮やかな緑と黄色の昭和感漂う日差しが設置されている。ドアの前には「喫茶 メリーベル」と書かれた四本足の看板がおいてある。
 店内に入ると青白っぽい光が店内を照らしている。奥にある大きな木のスピーカーからジャズ音楽が心地よい音質で流れていた。ベロア生地の赤い椅子。椅子には白のシーツが背もたれの半分ほどまでかけてある。テーブルはこげ茶色の角の取れた木製で統一されていた。
 店員さんに声をかけられて空いていた窓側の席に案内される。
 私はなんだか懐かしさと悲しさと嬉しさで気持ちがぐちゃぐちゃになる。
「ここが来たかった場所?」
「うん。ここに来たかった。本当にありがとう。」
 ユリは「いいよ。私は特に何もしていないし。何食べる?」とメニュー表を開く。
 私はユリに悟られない範囲でこの店の子の席に座れたことを感動していた。大きく息を吸い、肺を膨らませた。あたりを見回すとところどころに観葉植物がおいてあり、ところどころは夢の中とは少し違った。
 感動が少し引いたところで私はユリが見ていたメニュー表を覗き込んだ。メニューは色々あったが私はジンジャーエールとナポリタンを、ユリはメロンソーダとフルーツワッフルを注文した。
 ニ十分程度で注文した商品は運ばれてくる。
 少しの高揚感と緊張感を持ちつつジンジャーエールに口をつける。
 ジンジャーエールは苦くて炭酸が痛くてこんな感じだったか、と思ったよりもあっさりとした印象しか抱けなかった。
 私とユリは料理を食べながら、今度あるテストの話をする。
「そういえば、どうしてここに来たかったの?」
 ユリは残り少ないワッフルをナイフで器用に切りながら話す。
 私は残り数口のナポリタンをフォークとスプーンでグルグルと回す。残り少ないとなかなか上手に巻くことができないと余計なことを考えながら話した。
「昔お母さんと来たことがあったの。今日みたいに美術館の帰りにここによって。最近その時の夢ばかり見るようになったからどうして見るのかここに来たら原因が分かるかなって思って。」
 ユリは「そうだったんだ。早くそれ食べなよ。」と巻き続けている私のナポリタンを指さして笑う。
「あれ、それならお母さんに聞けばすぐわかったんじゃない?」
「あれ言ってなかった?私お母さん亡くなっているの。中学二年生の時に。」
「あ、そうだったの。ごめん。」
 触れてはいけないことに触れてしまったかのような顔をしてユリは目をそらす。
 実際そんなに触れないでほしい話題ではあるけど。
「別にもうなくなって三年もたっているし大丈夫だよ。そんなに気に病まないで。」
「そう。」とユリは小さく微笑む。
「そうだよ。」と普段は何ともないような顔をして話をやめてしまう。
 でも、今日は違う。
 話したくなった。話してみたくなった。
 私はユリに母の話を隠していたという罪悪感を消すためという免罪符を掲げ話し続けた。
「お母さん私が小学四年生の時に脳梗塞で倒れたの。学校から帰ってきたらお母さんがリビングで倒れていて、急いで救急車呼んだけど発見から八時間くらい経っていたから左半身麻痺が残っちゃって病院に行っても話せなくなっちゃった。」
 私は努めて明るくゆっくりと話す。
 思い出の場所だ。感傷に浸ることを今日くらいは許してほしい。
「私のお母さんの方のおばあちゃんが車で五分くらいの距離に住んでいたから私の世話は全部未だにおばあちゃんがやってくれている。流石に今は掃除・洗濯くらいは自分でしているけどね。」
「そっか。」とユリ。
 ユリは静かに私の話を聞く。ワッフルを食べやすい大きさに切りながら。
「病院ってさ、治療しない人には入院できる期間が当たり前だけど決まってて、お父さんは仕事で忙しいし、おばあちゃんはもう年だったからお母さんはそのまま施設に入ったの。だから五年くらいかな、お母さんとどこにも行けなくなって話しもできなくなったのは。中二の春に風邪をこじらせて亡くなっちゃった。」
 なんだか泣きたい気持ちになる。
 葬式の時にあれほど泣いたのだからもう母のことに関して出る涙などないと思っていた。
 でも、母親が死んだ可哀そうな私にはなりたくない。それが事実だとしても、私はそれを不幸だとは思いたくなかった。
 ユリは私が話すのを待っている。
 ジンジャーエールを一口飲む。
 「苦いね。」と言ったらお母さんが「まだ飲めないの。」と笑ってくれる気がした。
「私お母さんが亡くなったとき、悲しかった。でも、ホッとしたの。もうこれであのお母さんに会いに行かなくて済むんだって思ってしまった。お母さんが倒れてから小学生の時は毎週末お父さんと施設に行っていた。でも、どうして私のお母さんだけがって思いが強くて、元気だったころのお母さんと比べて会いに行くのが辛かった。お母さんの方が何倍もしんどいのに。中学校に入ったら、部活で週末がつぶれて月に一回くらいしか面会に行かなくなった。どうせ行っても、話せもしないし、テレビ見るしか時間潰す方法なくてさ。」
 四畳くらいの小さな部屋に母が寝ているベッド。
 母の足元の方に施設の洋服ダンスが設置してあり、その上に父は母が寝ていても見られるようにテレビを置いた。ベッドの横にはサイドテーブルとイスが一脚置いてある。サイドテーブルには母が好きなピンク色のシクラメンのポットが置いてあった。
 父は母の寝ているベッドに腰掛け、話しかける。
 返ってこない返事は無視して。調子が良い日、母は視線で父と会話していた。
 そして、時々父は私に話を振った。
 私はそれを雑に答えて、ずっとテレビを見続けた。
 頻繁に行こうと誘っていた父も中学に上がると声を掛けなくなった。
 でも、返事が返ってこなくても話しかければ、自分から会いに行きたいと言えばよかったと今になって思う。
 のどが詰まる。
 視界がにじむ。
 私は鼻から大きく息を吸った。
「後悔しているし、お母さんが亡くなったことに安心した自分が許せないのかも。だから、夢にまで見る。」
 ジンジャーエールに口をつける。
 ジンジャーエールは甘さなど一切なくショウガの苦さと炭酸の痛さだけが口に残った。
「そうなのかもしれないね。」とユリはメロンソーダの溶けかけたアイスクリームを長いスプーンでかき混ぜる。
 お互い頼んでいた飲み物をいじっているだけの時間が過ぎていく。
 コップの中の氷はとけ、味が少しだけ薄くなった。
 途中、ウェイトレスのお姉さんが声をかけて空いた皿を下げていった。残ったのは飲みかけのジンジャーエールとアイスと完全に混ざりきったクリームソーダ、ガラスのコップに入った水が二つ。
「そろそろ出る?」
「そうだね。」
 ユリの言葉で私は残り五センチほどのジンジャーエールを飲み干した。
 勢いよく吸い込んでしまい器官の方に入ってしまった。
 むせる。咳が止まらない。
 ショウガがのどにしみて痛い。
 掌で胸を軽く叩き、咳を繰り返してやっと収まった。
「大丈夫?」
「大丈夫。」と器官に入った水をだそうと咳を続ける。
「ゆっくりでよかったのに。」
「いや、ごめん。大丈夫。」
 むせる私を少し笑いながら「大丈夫?」と水をコップに注いで渡してくれる。
 水を飲むとやっと咳が収まった。
 胸の苦しさもなくなった気がした。
「落ち着いた?今更だけどなんでジンジャーエール?ジンジャーエールじゃなかったらそんなにむせなかったのにね。」
「そういう気分だったの!そんなに笑わないでよ。」
 何かがユリのツボに入り、ユリは笑い続けている。
 私もそれにつられてふっと笑った。
「おいしかった?ジンジャーエール。」
 ユリは首をかしげる。
「おいしかったよ。でも、私はまだ大人になれなかった。」
「なにそれ。」
 目を合わせてひとしきり笑った後、ユリは急に「出よう。」と伝票をもって立ち上がる。私は忘れ物の確認をして席を立った。
会計は別でしてもらう。
 レジスターがなく、電卓を使って会計をしているおばあさんの味が出ていた。
「おいしかったね。」
「うん。」
 店を出て、多分あの日と同じようにショッピングモールの方向へと歩き始める。
 店についたら何をしようかと話しながら閑静な住宅街を歩く。
 時々聞こえてくる子供の声に「かわいいね。」とユリが呟く。
 しばらく並んで歩いていると濃いピンクの大きな看板のあるショッピングモールが見えて来た。休日ということもあり駐車場は車で溢れている。
「さっきの話さ、」とユリが話し始めた。
「うん。」
 私は隣を歩くユリを横目に見ると地面に視線を落とした。
「私は真理のお母さんに対する思いに関して何か励ましの言葉とか身勝手な肯定とかしたくないから何も言わないけど、私と一緒に居るときの真理は良いやつだよ。都合がいいってことじゃなくて。普通にいいやつ。優しいってこと。」
 ユリはそう言って一番やさしい笑顔を私に向けた。
 私はなんだか安心して、今はそれでいいのかもしれないと思った。
「そっか。ならよかった。」と私も同じように笑った。

 私たちはショッピングモールに入る。
 人を避けるためユリは私の前を歩いた。人の熱気と冷房の涼しさで体の感覚が少しおかしくなる。
 入口近くの自動販売機にはペットボトルのジンジャーエールが販売してあるのが目に止まる。
「あれ買ってきていい?」
「また飲むの?じゃあここで待っているからね。」
 ユリを少し離れたところに待たせ、私は赤い自販機駆け寄る。
 お金を入れ、ボタンが青に光り、ジンジャーエールのボタンを押した。
 ガタンという音がなりペットボトルが落ちて来た。
 ふたを開けペットボトルを取り出す。
 キャップを開けると炭酸が抜ける音がした。
 一口飲む。
 口に広がったのはさっきのジンジャーエールとは違い、甘さだけだった。
「おいしい?」
「おいしい。ただ、めちゃめちゃ甘い。」
「大人になれそう?」
「まだまだかな。」
「まだなの。」とユリは笑う。
「まぁ、真理が飲めなくても私はジンジャーエール飲めるけどね。」
「え、そうなの。いや、でもさっきの店のジンジャーエールは苦すぎて飲めないって。」
「やっぱり、おいしくなかったんじゃん。」
 ユリは失笑しつつ、人を避けて目的の店まで歩き出す。
 私は小さなカバンに入りきらないペットボトルを片手に持ってユリの後ろを追う。
 ユリは少しペースを落とし私は隣を歩く。
 高校が終わるまでの後何回ユリの隣を歩けるだろうとぼんやりと考える。 私は母を亡くした時みたいにユリと離れてよかったと思う日もいつかは来るのだろうか。
 そんなの嫌だなと私は歩幅を合わせてユリと歩く。
 ユリはこんな私をいいやつだと言ってくれた。
 だとしたら私はそのままでいたい。
 自分のことは許せないし、好きだと胸を張って今は言えない。
 でも、きっとそれでいいんだと思う。
 後悔とか怒りとか失望とか全部持って、時々落として、引きずって生きていけばいい。今いる大事な人たちと共に。
「いつか許せるかもね。」
 心の中で中学二年生の私が笑った気がした。


いいなと思ったら応援しよう!