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舞台「岸辺のアルバム」を観ました

昭和50年代の話ですが、まだ小学生にもならない子供だった私は国広富之さんをトミーと呼んでまるで隣の家のお兄ちゃんのように好きでした。
もちろん「トミーとマツ」も欠かさず観ていました。

そしてある程度大人になってから見た「岸辺のアルバム」のトミーもまた純粋でかわいくて一生懸命で少し不器用な感じがまさにトミーでした。

そんなトミーの役を舞台では誰がやるのかな、とチェックしたのですが、細田佳央太…なんてお読みするのかしら、と隣にたまたまいた友達の娘さんにスマホで画像を見せると「え!かなたくん知らないの?!」と言うので「誰がこれをかなたって読むっつーの」と、咄嗟に返す瞬発力はまだ衰えていない私です。
中田喜子の役は誰かな、と思ったらこれまた存じ上げないので続けてスマホ画像を見せると「え!芋生さん知らないの?めっちゃ有名だよ、朝ドラも出たよ」と言ってました。

確かにかなたくんはとても純粋そうで一生懸命で、お顔もきれいだしトミーを彷彿とさせる感じでした。
芋生さんも生意気な感じがとてもよく出てて、横っ面ひっぱたいてやりたいシーンなどもありました。

そして私としてはドラマでの北川であるところの竹脇無我、これを凌駕することはちょっとできないだろう、と踏んでいました。
電話で楽しく喋っていた相手が竹脇無我であったときの「ちょうどいい!」の感じは筆舌に尽くしがたい。
ドキドキしながら喫茶フィリッポに入って竹脇無我(北川)を見つけたときの八千草薫(則子)の気持ちが手に取るように分かるのはそのちょうどよさったらないからなのです。
ただハンサムなだけではなく電話で感じた教養や品、竹脇無我がちょうどいい。白衣着たら医者じゃね?っていうくらいの品の良さとちょっとした貫禄。実際この時期の竹脇無我は大岡越前で小石川養生所の医者、伊織をやっていたでしょう?(←BSの見過ぎだぞ)。

舞台のセリフがドラマと全く一緒なことも驚きました。昭和の言い回しを小林聡美さんがきれいに発声していて、「転校生」であれだけ男女を使い分けたんだから昭和の言葉もそりゃやれるよねーと感心いたしました。

そしてこの舞台の一番の特徴は舞台配置です。

K-POPのライブかな?

段差なしです。通路が、床が、ステージです。それを観客が取り囲んでいます。どこも5列くらいしかないのも素晴らしい!

私は少し広い通路のところに座ったので、はじまる前に係員のかたに「ここを演者が通りますのでお気をつけください」と荷物なども置かないよう注意され、ちょっと驚いちゃいました。ワクワクが止まらない。

横のドアがバン!と開いてそこから役者さんが登場したり目の前でラブなシーンが繰り広がったり、ケンカが始まった時には「いつもなら止めに入るけどな」と思いつつ、もちろん止めには入りません。
この緊張感、臨場感はまさに他人事ではなく自分もこの舞台の参加者である、といった感じです。

ドラマを知っているものとしては最後のシーンをどうするんだろう、と始まる前はうっすら心配していましたが、話がすすむにつれ、なんてきれいな流れ!脚本家、演出家ってすごいなー!と最後のシーンの心配なんて吹っ飛んでしまいました。
私の隣のお姉さんは中盤からずっと泣いており、私も3回泣きました。
家族のケンカがこういうトホホな感じのものであることも、それでもなんで家族やってるんだろう、と家族自身も思ってるだろうことも、そして仕事しかない男が家にこだわることも、もう全部手に取るように分かるのです。
多摩川決壊でそれを全部手放させ、家族の再生に望みをかけるかたちにしたことが救いです。
せめてドラマや舞台では流した涙は報われてほしい。私も心の中で一緒に流された家に「ありがとう!」と言いました、泣きながら。

カーテンコールで小走りで出てきた小林さんは色白でかわいくて、この小さな体のどこにあんなパワーがあるのかと驚くばかりです。ほぼ出ずっぱりで衣装替えも結構ありました。
私は素晴らしい舞台をありがとう!と拍手を止めることができず、皆もそうだったようで、照明がついて終了のアナウンスが流れても拍手が鳴りやまず、再び照明が落ち、三度の登場をしてくださいました。
もうこんな素晴らしい舞台には出会えないのではないか、とうっとりというかぼうーっとしながら会場を後にしました。

池袋駅周辺は電波が悪くラインも電話もつながらなくて、バイト終わったら待ち合わせて帰ろうと言ってた友達になかなか会えず、やだ昭和みたい!とやっぱり昭和は不便だった、と思ったのでした。

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