石田夏穂『黄金比の縁』が暴く、選ぶ側のデタラメさ

顔採用という極端な設定の面白さ

石田夏穂『黄金比の縁』は新卒採用担当の女性主人公の物語である。新卒採用なので、面接して採用・不採用を決めるわけだが、主人公の採用基準はただ一つ。顔の黄金比がいいやつだけ。つまり、「顔採用」なのである。

なぜそうするに至ったかは本書を読んでいただくとして、私はアルバイト時代にこの「顔採用」に遭遇したことがある。私が働いていた某ファーストフードの店長はレジ担当の女の子を見事に「顔」だけで採用していたのだ。この店長による職権乱用のせいで、レジの子たちは軒並みヒエラルキーの上位に属し、厨房で働いていた私は肩身の狭い思いをした記憶がある。

「マドカちゃん」事件が示す企業のジェンダー感覚

さて、このルッキズム全開の『黄金比の縁』だが、物語の導入から面白い。主人公は元々化学系の技術部に所属していたのだが、社内用のチャットボットを巡り問題を起こすことに。社内用チャットボット、通称「マドカちゃん」は社内の用事になんでも答えてくれるAIだ。主人公はある日、取引先の相手にこの「マドカちゃん」を紹介した。すると相手先のお堅い人がドン引き。それもそのはず。「マドカちゃん」は肌の露出の多い美少女の見た目をしていたのだから。

これをきっかけに「あの会社のジェンダー意識どうなってんの?」とネットニュースになり炎上騒ぎに。発端である主人公は人事部に左遷されることになったのだ。

主人公は優秀な技術者だった。それがAIチャットボットの容姿をきっかけに左遷されるなんて。直接は語られないが、主人公の価値観の歪みには、この出来事がどこか影を落としているようにも読めた。

私たちの日常に潜むルッキズム

『黄金比の縁』が描くのは、極端な「顔採用」だが、私たちの日常にもその縮図はある。テレビや雑誌、SNSのインフルエンサーなど、人気のある人はみな顔がいい。私は動画全盛期のこの時代に細々とnoteを書いているが、顔出しなんてしたら誰もこのnoteを読んでいないだろう。「人を見た目で判断するな」なんていうが、多かれ少なかれ人はみな第一印象の見た目だけで人を判断している。内面や能力なんて二の次である。出来る人は見た目がいい。そんな因果関係すら、私たちはどこかで信じてしまっている。

『何者』との比較で見える「選ぶ側」の暴力性

就活モノの小説の代表である朝井リョウ『何者』は、就活生たちの「選ばれる側」の物語だった。では、選ぶ側は何を基準にしているのか。その問いは、物語の外側にいる私たち自身にも返ってくる。

『黄金比の縁』は「選ぶ側」の基準のデタラメさ、だけどある意味真理を描いたと言っていい。そして私たち読者は昨今のサバイバルオーディション等を通じて「選ばれる側」の物語より「選ぶ側」の視点に立って物語を楽しむようになった。その時私たちは何を基準に「選ぶ」のかを真剣に考えなければならないだろう。


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