“正論ばかり言う夫”だった自分へ【#31】
論理で勝って、人生に負けていた。
以前の自分は、論理が全てだった。
理由があって、その繋がりの先に正解があると思っていた。だから論理的に正しい方が正しい。論理的に弱い方が負け。
会社に入ると、さらに論理性が求められた。
「なぜそう考えるのか?」「根拠は?」「その数字の裏付けは?」
特に利害関係がある相手との交渉では、論理が弱いと不利になる。
そんな環境もあって、自分はどんどん“論理マン”になっていった。
そのおかげか、昇進も比較的早かった。
でも、気づけばどんどん苦しくなっていた。
必要性がないコミュニケーションは取らなくなり、家庭でも妻に正論をぶつける日々。
自分にも他人にも厳しかった。
常に頭の中で何かを考えていて、消耗が激しかった。
エネルギーが枯渇している感覚。
もちろん、「頑張っている自分」を評価できる部分もあった。
でも、何よりしんどかった。
「俺の人生、このままずっとこんな感じなのか?」
論理的には正しい。でも、全然楽しくない。
しかも、自分が“正しい”と思っているだけで、思ったほど大きなうねりは起こせない。
組織で本当に人を動かしているものは、論理だけではないと感じた。
プレイヤーとしては、ある程度までは行ける。
でも、その先に行けるイメージが湧かなかった。
家庭も同じだった。
妻とのコミュニケーションも、どこか表面的。
無駄をなくそうとするから、友人との連絡も減っていった。
効率的かもしれない。でも、全然満たされなかった。
だから、自分は変わろうと思った。
色々試した。
詳しくは他の記事にも書いているが、自分は「人との繋がり」や「承認」に飢えていた。
そこから少しずつ変わっていった。
まずは、妻の話をちゃんと聞くようにした。
正しいかどうかではなく、
「妻はこう感じているんだ」
と向き合う。
論理ではなく、相手を理解しようとする。
すると、不思議と繋がる感覚があった。
そこから、月に一回「妻感謝デー」を作った。
子育てを頑張っている妻がやりたいことを、とにかく叶える日。
妻の笑顔が増えた。
会話も増えた。
そして、自分も楽しかった。
また、いろんなコミュニティにも参加した。
コミュニティごとに空気感が違って、人も違う。
その中で、自分に合う場所があった。
認め合えるコミュニティ。
そこでは、論理で勝つ必要がなかった。
人を認め、人からも認められる。
自然と涙が出ることもあった。
「人と繋がるって、こんな感覚なんだ」
と思った。
仕事でも変化があった。
雑談が楽しくなった。
もちろん、仕事だから論理は必要。
でも、“相手を尊重しながら”論理を使うと、不思議なほど物事が進むようになった。
論理は大切だ。
でも、“論理だけ”では、人は動かない。
論理で進められるのは、一歩ずつ。
でも、繋がりで進められるものには、広がりがある。
AIが進化し、効率化が加速する時代。
だからこそ、人間に求められるのは、
「正しさ」だけではなく、「人と繋がる力」
なんじゃないかと思っている。
そんな仲間と、これからの人生を歩んでいきたい。
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