男の文学《ショートショート》
男の首には90億円の懸賞金がかけられている。その懸賞金目当てに、連日強者たちが男に挑んでくる。
男は花屋を後にすると、目的地へと向かった。
目的地は広大な野原だった。夕日が男を照らしている。
「すまない。本当にすまない………」
男の大きな目から、涙があふれ出てきた。
「まさか君だったとは………散々言ったよね、僕が発する文学には人を殺める力があるってさ………」
男は地面に花を差し込んだ。
男の涙で花びらが揺れる。
ここには100人を超える屍が眠っている。全てこの男が発した文学に殺められた者たちである。
今回の相手は、妻だった。それも15年寄り添った妻だったのだ。
これで男の懸賞金は100億円の大台に乗った。
「今度戦うのは、12歳の男の子だ。さすがに僕はどうすればいい?」
亡き妻に問うたところで、詮無き事。だけど言わずにはいられない。
男は24時間、監視体制下にある為、逃げる事はできない。
また対戦相手は決戦の当日、スタジアムで対峙するまで分からないのである。
迎えた決戦当日の朝。
男は身支度を済ませると、玄関のドアを開けた。
一瞬、耳を澄ませる。
奥の部屋からは物音がしない。きっとまだ寝ているのだろう。
スタジアムの控室に到着した男は、パイプ椅子に座った。
そしていつも持ち歩いている文学ノートにざっと目を通していく………。
「それでは時間となりました。こちらを着用して下さい」
男は席を立つと、自分でアイマスクを着用した。
案内人に手を握られながら、男はスタジアムへと足を踏み入れた。
いつもと同じ空気感だと男は感じる。相変わらずスタジアムからは何の音も聞こえない。
所定の位置に立つと、案内人の手が離れた。
男は大きく深呼吸をした。いよいよだ。
「では両者、目隠しを取って。いざ尋常に勝負せよ!」
男はゆっくりとアイマスクを取った。
明るさに目が追いつかないけど、目の前に小さな姿が見える。
12歳の男の子だ。小さくて当然じゃないか。
男はいつも先手必勝。一口目から会心の文学を発すると、すでに決めているのだ。その方が、相手が苦しまずに済むからだ。
男の目の焦点が合った。12歳の男の子は、地面を見て俯いている。
許してくれ………おれは勝ち続けなければならないんだ!
男は迷わず口を開け、文学を発した。
それと同時に、12歳の男の子も口を開いた。
「いくよ………おとうさん!」
男の文学が止まった。
そして男は、確かに12歳の男の子と目が合った。
部屋で寝ていたのではなかったのか………。
すると男は、自ら発した文学を、自ら飲み込んで行った。
徐々に男の視界が歪んでいく………。
そうか………これで良かったんだ。
ありがとう、息子よ。
静まり返っていたスタジアムが、大歓声に包まれた。
【了】
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