大人になるとは一体何か?
“違和感に従い、親の意見の逆張りをしなさい。”
もっと若い頃の自分に自信をもって声をかけてあげたい。
その違和感があるべき方向へ自分を運んでくれるから。
20代後半の人生の節目で母親からもらった手紙にはこう書いてあった。
“私は宇宙人を産んだと思いました。”
堅実な姉と違ってレールを外れて生きている姿がそう映ったらしい。笑
最近母親と電話した時に、自分の為を思って伝えてくれたアドバイスに対して“なんか違うな。”と違和感を感じた。
その時にふと疑問が湧いてきた。
“いつから親の意見に違和感を持つようになったのだろうか。”
そんなことを考えながら心理学の勉強をしていて、面白い考え方に出会った。※以下のライフステージの切り分けはドイツの心理学者エリク・H・エリクソンが『心理社会的発達理論』で提唱した8つの発達段階を参照
学童期(〜12歳頃)は自分の心にワガママに従っていた。
・空手、水泳、サッカーの習い事に興味がなくなると急に辞める。
・ピアノを習わせようとしていた親の言葉に一切の聞く耳を持たない。
結果や評価などではなく、ただ単に自分の直感、やりたいという気持ちだけを優先して決断をしていた。
青年期(〜20歳頃)は母親の意見だけでなく、世間的な評価やモノサシに従っていた。
・中学生でソフトテニス部にするか、野球を続けるかの決断。
・高校受験で校則のゆるい私立か、公立の進学校に進むかの決断。
9人強くないと成果が出せない野球より、自分が強ければ成果が出せるソフトテニス。
自由で楽しそうな学校より、みんなに評価される埼玉県内の偏差値トップ校。
具体的にはソフトテニス部を選んだ時に、母からの説得だけでなく、同じ中学でソフトテニス部に所属していた姉から言われた「ソフトテニス部の方が成果出せるよ!」という言葉をなぜか鮮明に覚えてる。
今やっと腑に落ちた。
成果や評価を追い求め始めた10代の頃だったからこそ、この言葉が記憶にハッキリと残っているのだろう。
成人期(20歳頃〜)は再び自分の心に従い始めている。
・新卒で複数内定をもらった中で勤める会社を決める決断。
・大手企業を辞めて創業期間もないスタートアップに転職する決断。
・お金や安定など色々な物を捨てて、欧州に渡る決断。
自分の違和感や心に従った決断だったからこそ後悔もなければ、母親に意見や疑問を言われても動じなかった。
エリクソンは「自分の道を自分で選びたい」「人と違っても、これが自分だと思える」という欲求が成人期にかけて強くなるのは『自然な自我の発達曲線』と唱えている。
振り返ると、学童期や成人期の決断の根底には「やりたい」と同じくらい「やりたくない」「嫌だ」「なんか違う」という違和感があった気がする。
エリクソンの唱えた発達曲線に当てはめれば、学童期の「自己中心性」 、青年期の「社会的同調」 を経て、成人期の「内なる自己との再接続」のライフステージに僕はいるのだろう。
余談だが心理学を勉強していて面白い一つの要素が、内省を通しての気づきや学びが学術的な理論として展開されていることを知り、自分の気づきや学びの答え合わせができる点だ。
noteを書いていてふと思った。
“大人になるってなんだろう。”
本当の意味で大人になるというのは、「大学を卒業する」「会社で働く」「子供を育てる」などのライフステージを進めることではないんじゃないだろうか。
子どものような感性を取り戻した上で、理性や知識と統合しつつも、自分の違和感や納得感に従って、今を生きていくことなのではないだろうか。
僕は自分の家族が好きだ。
様々な複雑な家庭の事情を乗り越えて、逞しく生きる祖母と母親と姉を心から尊敬している。
それでも、自分の違和感に従って反対をされても突き進んでよかったとnoteを書きながら思う。
“違和感に従い、親の意見の逆張りをしなさい。”
この言葉を今より若い頃の自分に伝えて、背中を押してあげれたら今とは違う世界が視えていたかもしれない。
せっかくなので最後に、20代後半の学びの中でも特に若い頃の自分にかけたい言葉をまとめた。
・若いうちの100万円の価値と歳をとってからの100万円は価値が違うのだから早いうちに行動しなさい。
・「失う物がない時、人は最強になれる。」思い切って打席に立ちなさい。経験の質と量が君を形作るのだから。
・「深刻になるな。真剣になれ。」肩の力を抜いて物事に正しい姿勢で向き合いなさい。
・「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ。」この言葉通りに、自分を変える努力を怠ってはいけない。
・英語は早めに勉強しておきなさい。
・まだ起きてもいない事を悩むのはやめなさい。
・人生で起きる事全ては自分がどう捉えるか次第なので、この解釈力を鍛えなさい。
・好き嫌い含め自分を受け入れ、誰よりも愛しながら生きなさい。
まぁ、こういう自己啓発みたいな言葉って頭で理解するのなんて小学生にもできるが、行動を通じた実体験の山積みの先でしか本当に自分の血肉にはならないし、自分の言葉にもならない。
その意味では、若い頃の自分に伝えるだけでは意味なんてないのかもしれないなぁ。

※2025年12月4日に追記
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